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Timestageのメンバーが、歴史にまつわる雑談を気まぐれに語っていくブログ。
世界で初めてテレビのブラウン管に映った一文字
弘中勝です。

クリスマスですね。番組改編のこの時期、テレビ局各社はそれぞれが工夫を凝らして特番を創って放送しています。今年の紅白歌合戦はどんな感じになるのでしょうか。でも結局ダウンタウンの笑ってはいけない何とかを観そうな気がする。

さて、昭和元年の今日12月25日、世界で初めてテレビのブラウン管に映像が映りました。浜松高等工業学校(現=静岡大学工学部)の助教授であった高柳健次郎が研究の末、世界で初めてブラウン管による受像を成功させたのです。世界最古のテレビ局であるイギリスのBBCがテレビ放送を開始させる10年前の出来事でした。



その時にテレビに映った映像は、カタカナの「イ」。なんで「ア」じゃなくて「イ」なのかというと、イロハの1番目の文字だから。この受像機は今でもNHKの放送博物館で再現されています。

この後日本は太平洋戦争に負けたためGHQからテレビの研究を止められるなど不遇の時代を送り、映像分野については世界から大きく出遅れることになるのですが、世界で初めて映し出されたのが日本語の文字だという歴史は、日本人にとっては大きな誇りですね。
| 歴史の事件・文化の話題 | 17:32 | comments(0) | trackbacks(0) |
サンタクロースを追え!「NORAD TRACKS SANTA」
弘中勝です。

今年もクリスマスがやってきましたねー。サンタクロースが世界中の子供たちにプレゼントを配ります。「でもサンタさんなんて架空の人物」でしょ?いや、そんなことはありません。今、サンタさんが世界のどこを走っているのかが分かるのが、NORAD TRACKS SANTA。これを軍事組織であるNORAD(北アメリカ航空宇宙防衛司令部)が大マジでやっているので、間違いないぞ。

「NORAD TARACKS SANTA」は、もともと1955年に大手スーパーの広告を見た子供が間違ってNORADに電話をかけてしまい、サンタの居場所を聞いたところ、偶然に電話を取った司令官が大マジで答えてあげたこと、ということから始まって50年以上続いている歴史的サービスなのです。



私も、2007年もサンタの行方を見届け、続く2008年にもサンタを追っていたわけなんですが、やっぱり今年も気になってしまいますー。もはやNORADサンタ追跡と明石家サンタは、毎年のクリスマスイブの恒例になってしまってます。2年間の観察の様子ですと、サンタさんが日本に到着するのは24日の午後11時過ぎぐらいのようなので、もしご興味のある方はぜひ。



それにしても、今の時刻はサンタさんは北極にいるようなんですが、今年の「NORAD TRACKS SANTA」はさらにグラフィックが向上してますね。昨年よりもさらに目が離せない。
| 歴史の事件・文化の話題 | 17:41 | comments(0) | trackbacks(0) |
世界初の装甲艦対決「ハンプトン・ローズ海戦」
弘中勝です。

先日、軍事マニアの知人から「えっ、ハンプトン・ローズ海戦を知らないんですか!?」なんて驚かれてしまって、逆に驚いてしまいました。何だそのハンプトン何とかって。というわけで個人的メモ。

ハンプトン・ローズ海戦とは1862年、南北戦争の中で起こった海上戦のこと。



南北戦争とは、アメリカ合衆国の北軍と、合衆国から脱退してアメリカ連合国を組織した諸州の南軍との戦争。ハンプトン・ローズにて展開された合衆国海軍による海上封鎖部隊に対して、連合国海軍の装甲艦バージニア(再利用前の「メリマック」の名でも呼ばれる)が登場。鉄板装甲のバージニアは北軍の木造船を次々に撃破。ところが翌日、合衆国海軍の装甲艦モニターがやってきて参戦。ドッカンドッカンと装甲艦同士の大激戦が始まりました。

この海戦自体は引き分けに終わりましたが、世界初の装甲艦同士の対決ということで、ハンプトン・ローズ海戦は、海上戦の主役が木造船から鉄の装甲船へと変わったことを決定づけた歴史上重要な海戦なんだから知っとけよ、ってその軍事マニアが熱弁してました。そうですか。
| 歴史の事件・文化の話題 | 22:08 | comments(0) | trackbacks(0) |
ピザと王妃と国旗の深い関係
弘中勝です。

ピザ美味しいですよね。時々、無性にピザが食べたい時があって、宅配ピザのチラシだけは捨てずにきちんと保管してあったりします。

先月の話ですが、「ピザの日」は11月20日というのをご存知でしょうか。どうして11月20日がピザの日かというと、19世紀のイタリア国王ウンベルト1世の妃であったマルゲリータの誕生日が11月20日だから。



マルゲリータ王妃が1889年にナポリを訪れた時、高名なピザ職人ラファエレ・エスポジトが王妃にピザを献上することになり、トマト・モッツァレラチーズ・バジルでイタリア国旗の「赤・白・緑」を再現したことで王妃はこのピザを大変喜び、この料理は「ピッツァ・マルゲリータ」と呼ばれるようになりました。

つまり、イタリアの「ピッツァ・マルゲリータ」は、日本でいう「日の丸弁当」のようなものなんですね。
| 歴史の事件・文化の話題 | 23:45 | comments(0) | trackbacks(0) |
西の関ヶ原、九州豊後の「石垣原の戦い」
弘中勝です。

今月発売された戦国無双3をWii本体と一緒に買ってしまいました…。九州出身者なんで、立花訐藺(たちばなぎんちよ)から始めてみたのですが、なかなか面白いです。

立花訐藺紊両呂任蓮関ヶ原の戦いの直前に西軍に味方したものの立花宗茂と散り散りになり、最後は「西の関ヶ原」こと石垣原の戦いへと話が進んでいきます。この石垣原(いしがきばる)の戦いというのは、実際に歴史上に会った戦いです。

1600年、中央で関ヶ原が行なわれている頃、九州の豊後国(大分県)では大友義統(大友宗麟の子)が勢力を盛り返し、東軍の細川忠興の城であった杵築城を包囲します。そこへ、隠居中の身であり中津城にいた黒田如水(黒田官兵衛)は、傭兵をかき集めて豊後へ侵攻。石垣原で大友軍と対決し、見事に撃破を成し遂げます。この黒田如水の電光石火の進軍で、東軍の九州の地盤は固まったということで、関ヶ原の戦いの後にその功から黒田家は筑前国福岡に52万石を与えられることになったのです。

『戦国無双3』では立花訐藺紊呂つての主家である大友義統(立花訐藺紊良磴和舁Ы[曚硫反辰領花道雪です)を守るためにこの石垣原の戦いに参加しており、黒田官兵衛やなぜか本多忠勝などの猛者に包囲され絶体絶命の危機を迎えるのですが、そこにある二人の人物が現れて……という、なかなかステキな話になっています。


『戦国無双3』(コーエー/Wii版)
| 歴史の事件・文化の話題 | 22:09 | comments(0) | trackbacks(0) |
仏教×フリーマガジン=「フリースタイルな僧侶たち」
弘中勝です。

若い人たちに仏教のことをもっと深く知ってもらうためには?…そうだ、フリーマガジンだ!という新しい発想で誕生した、若手の僧侶たちによるフリースタイルな僧侶たちのフリーマガジンというものが創刊されて話題になっているようです。浄土宗、浄土真宗、天台宗などなど、宗派を超えた若手の僧侶たちによるフリーマガジンだそうで、京阪神地域で配布されているんだそうですよ。



仏教に若者向けのフリーマガジンなんて合わない!という頭のお堅い人も結構いるかもしれませんが、個人的は十分アリだと思います。昔から、踊りながら念仏とか、酒を飲みながら説法とか、「分かりやすく伝えるには」というのはその時代の工夫があったわけで、今の時代には今の時代に合った方法があるはずだと思うのです。そのうちYouTubeで説法とか、Twitterで延々と念仏の書き込みとか、当たり前になってくるんじゃないかと思います。フリースタイルな僧侶の皆さんの今後の活動に注目したいですね。
| 歴史の事件・文化の話題 | 18:13 | comments(1) | trackbacks(0) |
カール大帝と白ワインの密接な関係
弘中勝です。

先日ソムリエの先生から、ワインと歴史に関するこういう話題をお聴きしました。

ヨーロッパに覇を広げていたフランク王国の国王・カール大帝(在位768年〜814年。フランス読みではシャルルマーニュ大帝)は、夜になると宴会を開いては美女たちとワインを飲み明かすほどのワイン好きで、自分の名前をつけたブルゴーニュ地方の「シャルルマーニュ畑」の赤ワインが大好きでした。

小カール君ではありません。

ある夜、酔っ払ったカール大帝は赤ワインをこぼしてしまい、自慢の白ヒゲが赤く濡れ、それを見た美女の一人が「陛下のおひげは、赤毛馬のしっぽみたい!キャハハハ!」とKY発言で大笑い。それを聴いて、妙にプライドの高いカール大帝はぶちキレて、「誰が赤ワインなんか作るかボケェェ!」と高らかに宣言。

それ以降、シャルルマーニュ畑では赤ワインの生産は許されず、白ワインしか作ってはいけなくなりましたとさ。

現在ではブルゴーニュの高級白ワインの一つである「コルトン・シャルルマーニュ」は、こうやって生まれたのだそうですよ。
| 歴史の事件・文化の話題 | 23:25 | comments(1) | trackbacks(0) |
マカオとエッグタルト
弘中勝です。

昨年、マカオに行ってきたのですが、エッグタルトがマカオのあちこちで売られていたのがとても気になり、いろんな店のエッグタルトを食べました。個人的には、観光地地から離れたところにある住宅地の中の小さなパン屋さんのような店のエッグタルトが安くてとっても美味しかったです。



マカオはかつてポルトガル領だったので、マカオのエッグタルトはポルトガル発祥のお菓子だと思われていますが、実際は「パステル・デ・ナタ」という名のポルトガルの伝統菓子やイギリスのカスタードタルトなどを参考にして、アンドリュー・ストウさんというイギリス人が作ってマカオで売り始めたことがきっかけで、マカオ名物になるほどに広まったんだとか。日本でも関西に「アンドリューのエッグタルト」というエッグタルト専門店がありますが、アンドリューさんというのはそのストウさんのことだそうです。
| 歴史の事件・文化の話題 | 19:26 | comments(0) | trackbacks(0) |
韓国の前掛けエプロン「ヘンジュチマ」のルーツ
弘中勝です。

韓国の伝統的衣装で、チマチョゴリというのがありますね。このチマチョゴリとは一語ではなく、チマがスカートのことで、チョゴリが上着のことを表わしているので、上下着の単語を合わせた言葉です。



ところで、韓国ではいわゆる「前掛けエプロン」のことを「ヘンジュチマ」と呼ぶそうです。チマというのは下半身につけるモノという意味ですが、ヘンジュというのは「幸州」(ヘンジュ)という地名から来ています。その由来は、いわゆる豊臣秀吉の朝鮮出兵にありました。

朝鮮出兵の際の幸州山城の戦いでは、城兵だけではなく民衆たちも総動員して、宇喜多秀家や石田三成、黒田長政らもいた日本軍と激突しました。

その幸州山城の戦いでは、民衆の中でも女性たちの活躍が目覚しかったのです。彼女たちは前掛けのエプロンに石をたくさん載せて包んでは城壁へと持ち運び、城兵たちに次々とその石を受け渡しました。城兵たちはその石を使って、攻城してくる日本軍を撃退していき、ついには権慄将軍率いる2,300人の城兵が30,000人の日本軍に打ち勝つ大勝利へとつながっていきました。

その幸州山城の女性市民たちのエプロンによる活躍が韓国全土に広がり、エプロンは「ヘンジュチマ」と呼ばれるようになったのです。
| 歴史の事件・文化の話題 | 21:33 | comments(0) | trackbacks(0) |
離縁状を「三行半」という理由
弘中勝です。

三行半」が読めなかった人がいたのでメモ。

「三行半」は「みくだりはん」と読み、離縁状のことを言います。「三行半を突きつける」というと、絶縁の意志を強く見せることを表わしますよね。最近では夫婦間だけではなく、ビジネスパートナーなどに対しても絶交を表す時に使われる言葉です。

三行半は江戸時代にできた言葉で、その名のとおり三行と半行にわたって書かれたものだったため、「三行半」と呼ばれるようになりました。

でも、江戸時代は今と違って誰もが文字を読み書きできるという時代ではありませんから、町人や農民で文字が分からないという人は、紙にビビビーッビと縦線を三本半書いただけで、三行半として認められるという決まりもあったようです。

「もうあなたとは会わない」「もう御社とは付き合いたくない」という時には、手紙やメールも本当に字数を3行半に収めてしまうとカッコよさそうですね。違うか。


| 歴史の事件・文化の話題 | 22:07 | comments(0) | trackbacks(0) |