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Timestageのメンバーが、歴史にまつわる雑談を気まぐれに語っていくブログ。
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門司戦記(九) 明神曲輪の巻
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門司戦記 〜雷雲の陣〜
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 (九) 明神曲輪の巻 
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永禄四年(1561年)十月十日。


この日は、門司城を包囲してきた大友軍が、
いつにも増して、じりじりと城に歩み寄っていた。

特に先陣を務める
戸次鑑連(べっきあきつら)軍の先鋒隊は、
門司城口へと近づき、突撃体制を整えていた。

城内にいる稲田弾正と葛原兵庫助の二将が呼応し、
辰の刻に城門を開いて戸次軍を迎え入れる
という手筈になっていたからである。


城口である明神曲輪(みょうじんくるわ)の城門へと
近づいていく戸次軍の先鋒隊は、
気勢盛んな若武者揃いだった。

戸次鑑連の軍勢は常に大友の先陣を任されるため、
常に諸将が一番乗り、一番首を獲得し、
どの戦においても戸次軍が恩賞や感状を総ざらいする。

その上、戸次鑑連が部下の育成にも非常に長けており、
戸次軍からは続々と良将が生まれるとあって、
大友家中の者たちは、自分たちの息子や家臣を
戸次軍に預けたがった。

そのため、戸次鑑連軍には大友家臣団の各家から
腕自慢の強者が集まっており、
その層の厚さが九州最強の名を欲しいままにしていた。

由布惟信(ゆふこれのぶ)などは、
由布氏の当主の座を若すぎる息子に譲ってまで
大友氏の直臣という身分を捨て、
戸次鑑連の直属の臣下となったほどである。

この門司城包囲戦でも、
進んで戸次鑑連軍に入隊した大友の若武者たちが、
一番乗り、一番首の武功を狙って、
みなぎる闘志を剥き出しにしていた。



「門司城の一番乗りは、この源介よ。
おまえたちを踏み越えてでも、本丸に突っ込んで、
この刀で総大将の首を取ってやるぜ」


突入を待つ戸次鑑連軍の先鋒隊の中で、
周囲の味方を挑発するように語り始めたのは、
一万田源介(いちまだげんすけ)である。

一万田氏は大友家庶流である家中の名門で、
源介はその一族の中でも武勇に自信があったため、
自ら戸次軍への参入を希望した若者であった。

その発言を皮切りに、若武者たちの舌戦が続く。


「そうはいくか。この弾介が一番槍をもらう」

「へっ、おまえはこの前、そう意気込みながら
敵将に海へと放り込まれてたじゃないか」

「だからよ。あの時の奴も、見つけたらぶっ殺す」


一万田源介の悪態に続いた若者は、
小野弾介(おのだんすけ)、
大庭作介(おおばさくすけ)だった。

戸次先鋒隊の中でも特に血気盛んなこの三人は、
幼き頃から共に
武芸の稽古に勤しんだこともある悪友だった。

中でも最も若い小野弾介は、
この門司遠征が初陣となったのだが、
先の毛利軍の上陸を阻止しようとした際に
弘中河内守と名乗る敵将から海に突き落とされたことで、
その雪辱を果たそうと目を血走らせていた。

そして、そんな三人をはじめ
先鋒隊の多くの荒くれ者をまとめるのが、
戸次鑑連の腹心、由布惟信である。


「合図までもうすぐだぞ。
ちょっとは静かにしろ、小僧ども!」

「す、すみません。由布様」

「どうせ一番槍は、それがしなんだからな」

「あっ、由布様ずるい!」


隊長の由布惟信までもが若い衆の冗談に混ざるほど、
待機中の戸次先鋒隊には余裕があった。

一度に攻め込めない地形の門司城にあって、
一番乗り、一番首の戦功は
またもや戸次軍にあることは確実だったからである。

あとは、その一番乗り、一番首の武功を
先鋒隊の中の誰が獲得するのかが、
彼らの興味の先だった。

そして、内応という名のお膳立ては整っていた。



間もなく辰の刻。


明神曲輪の中から、
細い狼煙(のろし)が上がり始めるのが見えた。

これこそがまさに、
城内の稲田弾正と葛原兵庫助からの
内応準備が整った合図である。

戯れ言を言い合っていた戸次先鋒隊の諸将は、
ついにこの時来たれりと、
それぞれ武器を握り締めて城門を睨みつけた。


辰の刻。

ついに、明神曲輪の城門が
内側から開けられた。


「行けぇ―――――っ!」


闘争心に燃える戸次先鋒隊の猛者たちが、
一斉に鬨の声を上げながら城内へと突入した。

戸次軍の諸将たちには、
稲田弾正と葛原兵庫助から寄せられた
門司城内の地形と布陣の図は完全に頭に入っている。

強靭な守りを見せていた明神曲輪を蹂躙し、
一気呵成に本丸へと駆け登って大将首を獲る、
それが彼らの戦い方であった。


「我れは一万田源介、出会えっ!」

「小野弾介、これにありっ!」

「大庭作介と勝負せよっ!」


一万田源介、小野弾介、大庭作介らが先を争い、
何百何千という戸次軍が明神曲輪になだれ込む。


しかし、彼らは肩透かしを喰った。

広い明神曲輪には、
守備兵が全くいなかったのである。

彼ら先陣が呆気に取られている間にも
長く連なる後続の戸次軍が次から次に
明神尾を駆け上がり曲輪へと押し寄せてくる。


「……!」


次の瞬間、彼らは刮目した。

明神尾の先の出丸、そして周辺の土手から、
弓を構えた毛利兵たちが
一斉に湧き出てきたのである。


(はめられたっ……!?)


戸次軍の諸将が悟ったと同時に、
明神曲輪を取り囲む毛利軍は次々に矢を放った。

戸次軍は、矢の餌食になっていく。

突入した先陣の惨状もすぐには把握できず、
後続の戸次軍は次から次へと明神曲輪になだれ込み、
さらにその血の標的は膨れ上がっていく。


凄まじい惨劇であった。

戸次軍の諸将が先に思い描いていた敵軍殺戮が、
完全に逆転の立場で目の前に繰り広げられる。

内応の成功と勝利への確信しかなかった彼らは、
急転直下の絶望の中で串刺しになっていった。



「うおぉぉぉぉぉ――――っ!!」


矢と血にまみれる戸次軍の中から、
無数の矢を体中に突き刺したままの一万田源介が、
城内に響くほどの大きな雄叫びを上げたかと思うと、
乱れ飛ぶ矢を刀で弾き落としながら、出丸に突進した。

本丸一番乗りの執念が、
気力となって一万田源介を突き動かしたのである。

刀を振り回し、敵兵へ斬り込んでいく。

矢を浴びて傷だらけの小野弾介や大庭作介も、
飛びだした一万田源介の姿を見て、
遅れまじと歯を食いしばり、立ち向かう。


その時、矢の雨に混じって宙を飛んできた一本の槍が、
出丸に上ろうとする一万田源介の喉元を
グサリと突き刺した。

その衝撃で源介の身体は後方に飛んでいき、
槍先を受けたまま地に落ちて、動かぬ人となった。


「源介、源介ぇ――――っ!」


共に功を競ってきた戦友を目の前で失った小野弾介は、
衝撃のあまり彼の名を叫びながら、
危険を顧みず源介に走り寄ろうとした。

すると、毛利軍の矢が止んだ。

同時に、毛利の将兵は刀や槍を手に、
壊滅的な戸次軍へと一気に襲い掛かる。

逆襲の総仕上げが始まったのである。


痛みをこらえて駆け寄ろうとする小野弾介の目の前で、
地に横たわる一万田源介の屍体から、
毛利の一将が、突き刺さった槍を抜き差した。

その姿を見て、
小野弾介の怒髪は尋常なく逆立つ。


「この野郎………。出やがったな!」


その相手は、先日弾介と和布刈神社で槍を合わせた
弘中河内守方明だったのである。


あの時に関門海峡に放られた屈辱が蘇る。

そして、壊れたように地に臥す戦友の姿。

二度までも自分の前に現れ、
その行く手を阻む敵の槍使いへの憎悪が天を衝く。

小野弾介の憤怒が沸騰し、
全身の矢傷から血が噴き出した。

その痛みも怒りに忘れ、
弾介は愛槍を両手で強く握り締めながら
左腕に深く刺さった矢を、
猛獣のように歯で噛みちぎって吐き捨てた。


阿鼻叫喚の地獄と化す明神曲輪の中で、
小野弾介は力を振り絞り、
槍を振り上げて弘中方明へと襲いかかった――――。


(つづく)



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『門司戦記』武将列伝 [九]
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■小野弾介 (おの だんすけ)

大友氏家臣。後に名を小野鎮幸(しげゆき)と変え、
戸次鑑連(=立花道雪)の家臣となり、由布惟信と共に
家中の双璧として立花家を支えた。数多くの戦功を積み、
豊臣秀吉から日本七槍の一人に数えられる。次代の主君・
立花宗茂の改易中は加藤清正に客将として迎えられた。
| 『厳島戦記』 | 20:01 | comments(0) | trackbacks(0) |









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