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Timestageのメンバーが、歴史にまつわる雑談を気まぐれに語っていくブログ。
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門司戦記(六) 城内不穏の巻
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門司戦記 〜雷雲の陣〜
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(六) 城内不穏の巻 
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総大将・小早川隆景の決死の入城に、
門司城城内は喜びに湧いた。


「隆景様! よくぞ、よくぞこのような死地まで、
お越し下さいました! よくぞ…!」


嬉し涙をにじませながら感謝の言葉を震わすのは、
門司城城代の仁保隆慰(にほ たかやす)だった。


「この仁保隆慰、隆景様のお手を煩わすほど
大友に追い詰められ、面目次第もございませぬ!」

「いや、隆慰はここまでよく耐え抜いてくれた。
見事な戦功だよ」

「隆景様〜! ありがたきお言葉にございます!」


想いがこみ上げむせび泣く仁保隆慰に、
小早川隆景は優しく微笑んだ。

隆慰のあまりの男泣きに、
城代の三角山城を落とされ門司城に逃げ込んでいた
杉彦三郎(すぎ ひこさぶろう)をはじめ、
門司城の将兵たちの目は涙に潤んだ。


仁保隆慰、杉彦三郎ら門司城の主将の多くは、
もともと、毛利氏に滅ぼされた
周防長門の大内氏の旧臣である。

毛利氏の中では譜代の家臣ではないため、
「いつか毛利からは見捨てられるのではないか」
という不安の中で戦っていた。

しかし、新参者が認められるためには、
何としても城を守りぬいて軍功を見せるしかなく、
城を落とされて敵に降ったところで、
また新参者の扱いが繰り返されるだけである。

そんな辛い奮起の中で憔悴しきっている彼らにとって、
総大将の小早川隆景自らが救援に駆け付けたことは、
何事にも代えがたい喜びであった。

小早川隆景は自ら、門司城の諸将の労をねぎらい、
城の堅守への勇気を与えた。

門司城内の士気は一気に湧きあがる。



総大将を出迎えた諸将たちが持ち場に戻った後、
隆景は、赤間関代官・堀立直正に案内され、
出丸の一つに張られた小さな幕舎に入った。

そこには、他の将兵たちから身を隠すように
弘中方明が隆景を待っていた。


「やあ、しばらくぶりだね、方明さん」

「隆景様。ご無事の入城、何よりです」


朗らかな笑顔の小早川隆景の姿を見て、
弘中方明は一礼する。

初陣以来の頼れる戦友である方明に近寄り、
再会の喜びもほどほどに、
隆景は密談の体勢を取った。


「方明さん、どう感じる?」

「隔たりは深いですね」

「やっぱり……」


かつて息の合った戦に明け暮れていた
戦友二人の会話は、最小限度の短いものだった。

しかし、その内容は実に密度が濃い。


小早川隆景は、門司城の危機の報を聞いた時、
その戦線の状勢に一つ気がかりなことがあり、
それを探らせる意味もあって、
先鋒の児玉就方の副将に、旧知の弘中方明を付けた。

隆景の意を受けた方明は、
門司城の中から情報収集に尽力していたのである。


「聞いたよ。就方と一悶着あったらしいね」

「お恥ずかしながら」

「やっぱりこの件は、思った以上に深刻だね」

「恐らく、敵もそこを衝いてくるでしょう」


小早川隆景が問題視して弘中方明に探らせた、
二人のいう「隔たり」とは何か。

それは、毛利陣中における、
毛利譜代と旧大内勢との間の根深い確執だった。


もともと安芸国吉田荘(=広島県安芸高田市)という
山奥の小勢力だった毛利氏は、
機に乗って、大勢力であった周防国(=山口県東)の
戦国大名・大内氏を攻め滅ぼした。

その勝因には、
毛利の「百万一心」の信条の存在が大きかった。

「百万一心」の字は、
「一日一力一心」を書き崩せる。

つまり「百万一心」とは、
家中全員が常に力と心を一つに合わせれば、
成功を勝ち取ることができる、という意味である。

これが、安芸国の国人領主の頃は大きな力となった。

盟主たる毛利元就を中心にして
元就の次男・吉川元春が養子に入った吉川氏、
三男の小早川隆景が養子に入った小早川氏ら、
周辺の国人領主たちが一致団結し、着々と力をつけた。

ところが、大内という大勢力を呑み込んだ時に、
毛利は大内時代を凌駕する大国へと膨張した。

すると、毛利家中で、
安芸国の国人時代からの譜代の家臣と、
大内征伐の際に降伏して加わった大内の旧臣という
二つの大きな門閥ができてしまった。

互いの派閥意識が大きくなってくると、
そこに妬みや嫉みが生まれ、連携力がなくなってくる。

いわゆる大組織病である。

毛利という組織が大きくなったことで、
内は毛利譜代と旧大内家臣との派閥割れ、
外は大友氏や四国勢などの新たな敵対勢力と、
内外に問題が増大していた。

小早川隆景が門司城の戦況で気になっていたのは、
その旧大内の家臣たちの心情だった。

毛利譜代の家臣たちは、
出雲国(=島根県東)の尼子討伐に集中しており、
門司城は仁保隆慰らをはじめ、
大内の旧臣である将らに任せていた。

今ここで、彼らが毛利に見捨てられたと感じ、
門司城を捨てるようなことがあれば、
防長の旧大内の将たちは一気に毛利に反発し、
毛利は尼子攻めどころではなくなるだろう。

果たして、毛利と旧大内の確執はどれほど大きいのか。

小早川隆景はそれを
弘中方明に探らせていたのである。

しかし、そもそも旧大内家臣である弘中方明が
毛利譜代の児玉就方とまさにその理由で揉めており、
問題は根深いものだということを痛感した。

この問題を根本的に片付けない限り、
毛利の国家経営はいつまでも安寧を得られない。

小早川隆景はそう考えていた。


「敵もそこを衝いてくる、……というのは?」

「大友勢が旧大内とのつながりを利用する、
ということです。
恐らく隆景様のご入城も、敵方に知られています」

「……内通者だね」

「十中八九は」

「そうだよね。実害はもう出てるかい」

「杉殿に三角山城陥落の時の詳細を聞き込んだのですが
どうも不審な点が多すぎます」

「その時から既に始まっていたのか……。
まさか、彦三郎ではないよね」

「ええ、杉殿に二心はないでしょう。
しかし、他の誰なのか、まだ確証がつかめませぬ。
今しばらくお待ち願えませんか」

「分かった、頼んだよ」


弘中方明が着目したのは、
門司城の支城である三角山城が落ちた時のことである。

三角山城は門司城と同じく、地に恵まれた山城で、
本丸のある山上からは広く山麓が見渡せ、
またその本丸へ登る経路は西側一方のみで、
他の方角は堅牢な曲輪に囲まれている。

毛利の将・杉彦三郎が城代を務めるこの三角山城が
わずか一日で大友軍に落とされたと聞いて、
門司城に逃げ延びてきた杉彦三郎に、
弘中方明はその時の様子をつぶさに訊いた。

杉彦三郎も、
いきなり虚を突かれて城を奪われたことに
どこか納得のいかない部分が多いと感じていた。

そして、陥落当日の配備などを掘り下げていくと、
大友に内通した者が城内にいたのではないか、
という疑念が起こってきたのである。

もしそれが、門司城に逃げ込んだ杉彦三郎と共に
今も門司城へと入り込んでいるならば……。

しかし、それはまだ確証のない推測に過ぎない。

それを裏付けるために、
弘中方明は門司城内を密やかに見回っていた。

小早川隆景が戦略立案に専念するためには、
この疑惑の根を押さえておかなければならない、
と弘中方明は強く思っていた。

それは、厳島の戦いの後に約六年間、
毛利にも大内にも属さず
武家としての空白の期間を持つ弘中方明だからこそ
従事できる裏の仕事でもあった。


小早川隆景は深く溜め息をつきながら、つぶやく。


「はあ。家中が一丸となるべきこんな時に、
毛利だ大内だなんていうつまらない群れ根性、
なくなる術はないものかなあ」


幕舎の出入口で外の様子を伺っていた堀立直正が
聴き耳のない様子を確認して、隆景を慰める。


「隆景様の胸中、お察し致します。
関門の圏域でそのような懸念があること、
赤間関代官たる拙者の不徳の致すところです。
我々も、何とか解決に動きまする」

「いつも、世話をかけるね」

「なあに。商人とて縄張り争いを生き抜くもの。
このような厄介事、日常茶飯事でござる。
あとは、この方明の働きに賭けましょうや」


堀立直正は弘中方明の肩を強く叩きながら言った。

よろける方明を見て、隆景は笑う。


「方明さんのことだ、
どうせ見当はついてるんでしょ?」

「……隆景様には隠しごとはできませんな。
お任せ下さい。二日以内には突き止めましょう」


方明はかしこまって、隆景に告げた。

隆景も強くうなずく。

小早川隆景は、無理をして門司城に入城したことを
改めて正しい選択だったと確信した。

この戦、門司城と赤間関の連携が何より重要だが、
この件については弘中方明との密な情報確認が
何よりも必要なことであった。

城内を隠密に動く弘中方明の働きが鍵だ。

小早川隆景は、弘中方明にその命運を託した。



十月七日の夜半。

明神曲輪(みょうじんくるわ)を一段下に見下ろす
出丸の端の暗い土手の縁で、
二人の毛利の将が城下の包囲網を指差しながら、
何やらひそひそと話し合っている。

その暗闇の中で、
弘中方明は火のついた松明を持って
さりげなく近寄っていく。

背後の明るみと足音に気付いた二人は、
共に腰の刀の柄に手を添え、さっと振り返った。

弘中方明は、手にした松明の炎で
その二将の顔を照らす――――。

(つづく)





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『門司戦記』武将列伝 [六]
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■堀立直正 (ほたて なおまさ)

毛利臣下の赤間関(=山口県下関市)代官。元は安芸国
(=広島県西)を拠点とする海運商人で、娘の夫である
弘中方明の推挙で、山奥出身の毛利氏の経済顧問として
軍中に加わり、関門海峡の通商圏の確保や東征のための
物資補給など、財政と物流の確立に大きく尽力した。
| 『厳島戦記』 | 13:51 | comments(0) | trackbacks(0) |









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