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Timestageのメンバーが、歴史にまつわる雑談を気まぐれに語っていくブログ。
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門司戦記(三) 敵陣突破の巻

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門司戦記 〜雷雲の陣〜
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(三) 敵陣突破の巻 
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児玉就方率いる毛利水軍が、三角山城へ向かう。

門司城入城のための陽動作戦である。


砲撃の済んだポルトガル船の撤退により、
門司城の包囲を再開しようとしていた大友軍は、
支城の三角山城へ向かう敵水軍の動きに慌てる。

児玉隊の門司上陸を阻もうと、
大友軍の臼杵鑑速・吉弘鑑理らは
急いで三角山麓の門司ヶ浜へと兵を動かした。

それによって、大友軍の門司城包囲は遅れ、
その隙に堀立直正率いる赤間関の毛利一隊は、
敵の目を盗んで門司城下へ接岸した。


門司城は、独特の地形をしている。

企救半島(きく半島)の最北端にある
標高175mの小山に築かれた山城だが、
陸側は絶壁になっており登るのは至難の業である。

逆に海側のほうがなだらかな尾根になっているため、
門司城本丸に上がるには海側に回り込む必要がある。

そのなだらかな尾根は明神尾(みょうじんお)と呼ばれ、
入城を阻む出丸や曲輪(くるわ)が
何重にも設けられていた。

登山口に設けられている最初の曲輪は、
明神曲輪(みょうじんくるわ)と呼ばれている。

その明神曲輪の先の海岸には、
一千年以上もの昔に創建されたという
和布刈神社(めかりじんじゃ)が鎮座している。

明神尾の名は恐らく、
この由緒ある和布刈神社の背後だからであろう。

堀立直正ら毛利勢百五十は、
この和布刈神社のそばの岩場にひっそりと舟をつけた。


「急げ!」

堀立直正の指示を受けて、赤間関の毛利兵たちは、
舟で運んできた兵糧や武具などを
明神尾へと次々に運び上げていく。

また境内一帯の敵陣には、
大友勢が置いている武具などもあり、
どさくさに紛れてそれらも運び入れた。

ところが思いのほか早く、敵軍の鬨の声が聞こえた。

ポルトガル船の砲撃を避けて
東の田野浦(たのうら)方面に移っていた大友軍の一隊が、
海岸線を伝って和布刈神社へと攻めてきたのである。

三角山城方面に兵を割いたため大友軍の兵数は少なく、
またここは山と海に挟まれた地形のため
大軍が一度に来ることもない。

まだ全ての物資を運び終えていない毛利隊を後ろに見て、
堀立直正は慎重に、応戦すべく刀を抜いた。


「おまえが大将か!」


その大友勢の先頭の武者が甲高い声を上げて、
堀立直正に突っ込んでくる。

見ると十代ぐらいの若者、いや少年に見えた。

堀立直正は、やや拍子抜けした。

豪傑揃いと聞いていた大友軍の先頭が若造なのを見て、
毛利がなめられているとさえ思った。


「堀立壱岐守が相手だ、小僧」

「そうか、おまえが赤間の代官だな。
小野弾介の槍、とくと見ろ!」


小野弾介(おのだんすけ)と名乗った少年は、
長い槍を構えながら突進してきた。

直正はその槍を刀で薙ぎ払おうとした。

ところが、小野弾介の槍先がその刀身を絡め取り、
高い金属音を立てて、刀は手から弾き飛んでしまった。


「馬鹿なっ……!」


一瞬の出来事に、堀立直正の全身に戦慄が走る。

すかさず、小野弾介の槍が襲ってきて、
直正はとっさに後方へと退く。

小野弾介は冷徹な笑みを浮かべながら、
武器を失った堀立直正にとどめの一撃を繰り出した。


だがその槍の刃は直正に届く前に、
もう一本の槍に食い止められていた。

弘中方明だった。

舟の漕ぎ手たちに赤間関へ引く指示を出していて、
参戦に一歩遅れていたのである。

獲物を邪魔され眉を引きつらせる小野弾介に、
弘中方明はにやりと口角で笑いながら問う。


「おまえ、若いのにやるなあ。誰だ」

「大友の一番槍、小野弾介だ。おまえこそ誰だ」

「毛利の将、弘中河内守」

「知らねえな」


二人の槍使いは互いの槍を合わせながら名乗り合う。


「親父さん、行け! ここは俺に任せろ」


小野弾介の槍を払いながら方明は叫ぶ。

堀立直正は我に返り、
毛利兵と共に明神尾へと走り込む。

目の前の敵大将を逃がすことに苛立って、
小野弾介は雄叫びを上げながら
弘中方明に攻撃を浴びせた。

方明はその突きを受け流していく。

関門海峡の波の音を背に、
二つの槍が幾度もかち合う。


二人の槍使いの勝負は互角に見えた。

だが、二十合ほど打ち合った頃。

小野弾介が怒り狂ったように大きく哮けり、
渾身の力でその槍を突き出した時、
弘中方明はそれを交わしながら胸元に入り込んだ。

そして槍から離した片手で弾介の襟をつかみ取り、
弾介が重心を載せた足を蹴り上げると、
弾介の身体は高く宙に舞い、海へと投げ出された。

水しぶきが上がる。

上から覗き込むと、放られた小野弾介は
ずぶ濡れのまま岩にしがみついていた。

弘中方明は見下ろしながら声をかける。


「なかなか強いな、若いの」

「くっ……!」

「冷静になれば、とてつもなく強い槍使いになるよ。
頭は冷えたか」

「この野郎!」


方明の言葉にさらに怒りが沸騰する小野弾介だが、
岩に足を打ちつけられた痛みで、
波にさらわれないように岩を抱くのが精一杯である。


そこに今一人、長槍を携えた大友の武者が
「弾介、弾介!」
と呼びながら、後ろから駆け寄ってきた。


「由布様!」

「ゆふ?」


小野弾介の放った言葉に聞き覚えのあった弘中方明は、
由布と呼ばれたその武者に目をやった。

すると、風を切りながら鋭い槍先が迫ってきた。

間一髪でその攻撃を弾き返した方明は、
槍を強く交えながら
遅れてやって来たその大友の武者とにらみ合った。


「ゆふ……。そうか、
戸次鑑連(べっきあきつら)の一番槍という
由布源兵衛(ゆふげんべえ)だな」

「それがしを知っているのか。そう言うおぬしは」

「弘中河内守方明」

「ほう……、おぬしが岩国の雲将か。
相手にとって不足はないわ」


二人は名乗り合うと、壮絶な一騎討ちを始めた。


由布惟信(ゆふこれのぶ)。

通名は源兵衛。

豊州三老でも最強と名高い戸次鑑連の軍勢において、
常に先鋒を任されるほど信任の厚い勇将で、
数知れない一番槍を果たしてきた槍使いである。

槍を得意とする者は、他国の槍使いが気に掛かるようで、
由布惟信も弘中方明も互いの名を聞き及んでいた。


両者の槍は、激しい火花を散らした。

お互い一歩も譲らず、
二十合、三十合と撃ち合っていく。

その壮絶な斬り合いに、足下の小野弾介をはじめ、
周囲を囲む両軍の兵たちも固唾を飲む。

どちらが相手を呑むか、全く予想できなかった。


ところが、
互角に続く勝負をいきなり中断させたのは、
弘中方明だった。

頃合いを見て、ふっとその槍先を下ろす。

闘志を自ら引いた相手に、
由布惟信は調子を失って尋ねる。


「何だ」

「とりあえず、ここまでにしよう」

「どうした河内守。息が上がったか」

「いや、あいつを助けたほうがいい」


弘中方明は、海の岩場を指し示した。

早鞆の瀬戸の潮が次第に高くなってきて、
小野弾介は必死に岩にしがみ付いていた。

このままでは波にさらわれてしまうかもしれない。


「これから波が高くなるぜ」

「……いいだろう。勝負は引き分けだ」

「ああ。どうせまたすぐに会うさ」


弘中方明は笑うと、
明神尾に上がる毛利兵たちを追って消えた。

由布惟信は大友兵たちと共に、
海に浸かった小野弾介を引き上げて手当をした。


「由布様、すみません。不覚でした」

「気にするな。初陣にしては上出来だ。
別に負けたわけでもない」

「はい」

「陣形を整えよ!」


肩を叩いて若き小野弾介を励ました由布惟信は、
落ち着いて包囲陣を敷き直す指示を将兵たちに出した。

小勢の毛利軍に門司城へと突破されてしまったが、
由布惟信は特に深く気にしてはいなかった。

門司城の攻略は、これからなのだから。



門司ヶ浜に近づきながら上陸せず
船首を本州に戻した児玉就方隊を見送りながら
別の毛利勢が門司城へ入ったことを聞かされ、
大友軍の臼杵鑑速・吉弘鑑理は地団太を踏んだ。

そして、門司城の包囲は
怒りと共に強化されていく。


逆に、門司城は歓喜の声に湧いていた。


南蛮船からの突然の砲撃に晒された
門司城城内の兵たちは、憔悴しきっていた。

見たこともない砲弾と炎柱に威嚇され続け、
兵糧も武具も底を尽きかけていて、
落城寸前だったのである。

門司城を守っていた城主・仁保隆慰(にほたかやす)、
また支城・三角山城を大友勢に陥落されて
門司城に落ち延びていた
三角山城城主・杉彦三郎(すぎひこさぶろう)たちは、
弘中方明や堀立直正の救援に、咽び泣いた。

救援兵や物資の数はわずかではあるが、
毛利水軍の本隊が赤間関に着くまでには
持ちこたえられる可能性が十分に高まった。

やがて到着する毛利水軍本隊と、
どのように連携して大友軍に立ち向かうのかが、
これからの門司城の将たちの課題である。



再び城下を取り囲み始めた大友軍の陣を見下ろし、
弘中方明は一人、つぶやいていた。


「由布源兵衛に、小野弾介か……。
大友の強さ、侮れないな」


実際に手合わせをして、
噂に聞いていた由布惟信の強さを知った。

そして、恐らくこれからまた大きく成長して
その強さを諸国に見せるであろう、
若武者・小野弾介。

そのような層の厚い強者軍団を束ねる、
豊州三老最強の名将・戸次鑑連とは……。

弘中方明はこれまで数多くの戦に参加し、
大内氏、尼子氏、毛利氏などの猛将たちを見てきたが、
大友氏はそれらとは桁違いの強さに違いない。

九州という新たな地に足を伸ばした毛利にとって、
大友軍はこれまで以上の大きな壁となるだろう。

この最強の敵を、
門司から撃退することができるのか。

弘中方明は、天を見上げた。

関門海峡や門司城を包み込む大空を、
無数の雲が流れていく。


堀立直正や弘中方明の敵陣突破から十六日後、
いよいよ毛利水軍の本隊一万が、赤間関に着く。

一万の毛利水軍を率いる総大将は、
毛利元就の三男にして毛利一の知恵者、
小早川隆景(こばやかわたかかげ)。

厳島の戦いで打ち破った大内水軍、
瀬戸内の荒海で勢力を張っていた村上水軍をも吸収し、
西国無双の水軍と化していた毛利水軍が、
門司の対岸に続々とその軍船を並べ始めた。


毛利方の総大将・小早川隆景の着陣によって、
門司城の攻防戦はさらに激しさを増す――――。


(つづく)


 


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『門司戦記』武将列伝 [三]
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■由布惟信 (ゆふ これのぶ)

大友家家臣。豊後国由布(=大分県由布市)の由布家の
当主だが、豊州三老筆頭の戸次鑑連に心酔し、戸次氏の
陪臣となって幾度となく一番槍の戦功を先駆けた勇将。
鑑連の死後は鑑連の養子・立花宗茂に付き従い、柳川藩
初代藩主となった宗茂を内政面からも支援した実力者。
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