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Timestageのメンバーが、歴史にまつわる雑談を気まぐれに語っていくブログ。
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厳島戦記(四十一) 大江浦浜の巻


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 厳島戦記(四十一) 大江浦浜の巻
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                       第七部「厳島奇襲戦」




 西国にその名の轟いた周防の虎も、
 いまや毛利軍の追撃を受け、その猛牙を失っていた。

 その陶晴賢一行が突然そろって喜悦の声を挙げたのは、
 弘中隆包からその名を聞いた大江浦の浜に出て、
 そこに一艘の隻影を見つけた時であった。


 疲れを忘れて砂の上を走り寄った陶晴賢は、
 浜に着けられたその舟の前に立つ武者の顔を確認すると
 その表情に喜びの花を咲かせた。


 「おお……。
  おぬし、来てくれたのか……!」


 陶晴賢を守る家臣たちも、涙ぐんで喜びを口にする。


 「河内守殿!」


 「河内守殿っ……!」



 舟を背にして立つその武者は、
 陶晴賢たちが厳島に渡る際に周防岩国に残っていたはずの
 弘中河内守方明であった。


 大内家臣団の要職に就いた兄・弘中隆包の代役の副将として
 岩国水軍を統率し、瀬戸内海を知り尽くした男。

 陶晴賢は、改めて弘中方明の頼もしさを痛感し、
 その功を讃えようと声をかけようとした。


 その時、弘中方明は硬い表情を一つも変えることなく、
 地に立てた槍を持ち上げ、
 今一度力強くその端を地に打ち付けた。

 砂の鈍い音が鳴る。

 一瞬ビクリと慌てた陶晴賢一行を前に、
 方明は堂々と言い放った。


 「この舟は、我が主、
  弘中三河守隆包を迎えるために用意したものだ。
  誠に恐縮ながら、入道殿らには別の舟を探されたい」


 「……!?」



 予想外の言葉に、陶晴賢の動きが止まる。

 伊香賀房明、山崎勘解由ら、陶の近習たちも
 一瞬言葉を失ったが、
 ふと我に返ると方明に怒号を浴びせた。 


 「河内守殿。総大将に何を申されるのだ!」

 「その無礼、大内への逆心のそしりをまぬがれぬぞ」

 「何を言っているのか分かっているのか、方明殿!」


 そんなけたたましい怒声を受けても、
 方明の険しい表情は何一つ変わらない。

 笑顔の消えた陶晴賢は、一度深く呼吸をして、
 方明にゆっくりと命じた。


 「方明。我が軍は毛利の奇襲によって、かくも壊滅状態となった。
  すぐそこまで、毛利の追手が迫ってきている。
  俺は山口に返り、大内を立て直さねばならぬ。舟に乗せよ」



 陶晴賢と弘中方明は、幼少の頃からの知り合いである。

 晴賢の幼馴染である弘中隆包の弟であるから、
 気心が知れていて、多少の無礼にも腹は立たない。

 いつもの冗談の一つだと思い優しく微笑む陶晴賢に対し、
 以前から陽気な方明の眼は、全く笑っていない。

 方明は眉一つ動かさず、晴賢に言った。


 「今、その舟に乗っている漕ぎ手は、我が家臣小山弥右エ門だ。
  弥右エ門は、その主である俺の命しか聞かない。
  同じように、俺も晴賢殿の命は聞くつもりはない」


 「何だと……?」


 陶晴賢の眉が、吊り上る。

 名の出た小山弥右エ門も、小波に揺れる舟の上で、
 弘中方明の次の命を待つかのように無表情でかしこまっている。


 陶晴賢と弘中方明の間に、張り詰めた空気が走った。


 「晴賢様は大内家の全権を預かる総大将ぞ!」

 「晴賢様の命に背くは、大内に背くも同じだぞ!」

 「いかに直接の主の命でなくとも、
  味方の総大将を見棄てるなど、大逆罪になりますぞ!」


 怒りに歯を軋らせる晴賢の背後で、家臣たちが叫ぶ。

 そんな声を相手にすることもなく、
 弘中方明は高らかに言い切った。


 「味方…? 俺の眼には、この大江浦に味方など見えない」


 「何ィィ……?」


 陶晴賢の顔が次第に怒りにひきつっていく。

 相手を鋭く見つめながら、弘中方明は言う。


 「晴賢殿……。かつて、あんたは俺の憧れだった。
  若き頃は西国無双の侍大将とまで謳われるほど武芸に秀で、
  我が兄でさえ手合わせで勝てないことが何度もあった。
  俺は兄の横で、あんたのような将になりたいと願っていた」


 元服前から兄の横で陶晴賢の武芸を見ていた方明には、
 武芸百般をこなす陶晴賢は武人の模範として写っていた。

 元服前の方明は、その憧れの晴賢に、
 機会あるごとに武芸の鍛錬のための手合わせを願ったものだった。


 「だがその後、大内の総大将として昇格したあんたはどうだ。
  出雲の月山富田城への遠征を強行して大敗を招き、
  山口で内乱を起こして主君義隆公を大寧寺に自刃させ、
  明国との貿易を打ち切られて財政は逼迫するようになった」


 「……」


 「その軍略や内政に、我が兄隆包がどれだけ辛苦を重ね、
  どれだけの危機に直面したか、あんた分かるのか」


 陶晴賢には、言いかえす言葉がすぐには見つからない。

 確かに、晴賢は若い頃にはその武で鳴らしたが、
 今この敗走の状況を見れば、
 どう言いわけしても何の説得力もない。

 厳島渡海の危険性を説く弘中隆包の意見を一蹴した上に、
 今まさに、弘中隆包を残して
 この厳島から脱出しようとしているからである。


 方明の弁は続く。


 「出雲攻略に大敗し、兄と共に退路の殿を務めた時にも、
  周防の内乱で炎上する山口に潜り込んだ時にも、
  俺は幾度となく危険な目に遭った。
  なぜこのような目に遭うのか、その時は単なる運命だと思った。
  だが、俺は筑前宗像への遠征の時から分かり始めた。
  俺たちの本当の敵は、何だったのかってことを」


 「……」


 「俺たちの敵は、尼子でも毛利でもない。
  総大将の大器に到底及ばない、陶晴賢の小器だったとな」


 「……!」


 陶晴賢は心を雷で貫かれたような衝撃を受けた。

 信頼されていると思っていた相手から不信を通告されるのは、
 誰にとっても悲劇である。

 次第に周囲を信じられなくなってきた陶晴賢が
 最も信用していた友が、弘中三河守隆包である。
 その隆包の実弟から本音を聞き、晴賢の心がぐらりと揺れる。


 家臣たちが「無礼だぞ!」と騒ぎ立てる中、
 陶晴賢と弘中方明はせめぎ合うように互いを睨んでいた。

 晴賢は、唸るように声を出す。


 「俺が、総大将の器ではないと言うか……」


 「あんたも自分では何となく分かっているんじゃないのか。
  出雲で大敗し、明国に貿易を断られ、
  やがて吉見が裏切り、毛利が翻り、村上水軍も敵方に付いた。
  そして今、こうして大軍が壊滅し、絶体絶命に陥っている」


 「……勝敗は、兵家の常だ」


 「それは、正しき戦略に基づいている時の言葉だ!」


 弘中方明は陶晴賢に向かって一直線に指差し、一喝した。

 その戦慄が、大江浦に砂を揺らすかのように駆け抜ける。


 弘中方明は、陶晴賢の総大将としての指揮能力の無さを、
 いつの頃からか許せなくなっていた。


 その兆しは、筑前宗像の山田事件の時であった。

 兄と共に宗像氏の相続内乱の平定に向かった時に、
 方明のすぐ目の前で、
 菊姫をはじめ無抵抗の女性数名が無残に斬殺された。

 その時から、大内の権勢を一手に握っていた陶晴賢は、
 弘中隆包を信頼しているように見せながらも、
 隆包の知らないところで勝手に陰謀を企てているのではないか、
 と方明は思い始めていた。

 そして、その後に瀬戸内の警固料に勝手に着手していたことが
 発覚したことで、それは確信に変わっていく。

 さらに、陶晴賢の施策は全てが裏目に出ており、
 兄の奮闘も虚しく、大内の政治は悪化の一途を辿るばかりである。

 方明はそこから、三本松城攻め、山口内乱、出雲遠征と
 陶晴賢の着手したものを逆算して振り返ったところ、
 陶晴賢の方策は全て、弘中方明が取り組んできたことを
 ことごとく台無しにする失策であることが分かってきた。


 かつて陶晴賢は、その武芸を絶賛された人物である。

 その好評価が固定観念として先行していて、
 陶晴賢の指揮能力の低さについては気が付かなかったのである。

 その晴賢が、弘中隆包の全力の諫言を退けて、
 隆包が死地だと先読みした厳島への渡海を強行した。

 晴賢一人の無能さのために、
 兄はこんなにも辛酸を嘗めてきたのか―――――。

 弘中方明の陶晴賢に対する怒りは、頂点に達していた。


 そして、厳島に来てみれば兄隆包の予言通りの大敗。

 この大敗を予言した隆包が厳島に渡る前夜、
 方明は万が一のために大江浦にて待つと進言したが、
 隆包からは強く断られた。

 隆包の命令に反して、大江浦まで来てみたが、
 そこに兄は現れず、総大将の陶晴賢だけがやってきた―――――。

 方明には、それがどういうことなのか、
 兄の性格から考えるとすぐに理解できた。

 大内陣営は誰一人として奇襲を予期していた兄に味方せず、
 毛利軍の奇襲を受けても兄一人では到底防ぎきれない。

 ただ、この方明が禁を破って大江浦まで来ているのではと感じ、
 親友である陶晴賢に大江浦まで逃げるように導き、
 自分はまた楯となって毛利に立ち向かったに違いない。

 そして、その逃げてきた陶晴賢が
 毛利の追撃をそこまで受けているということは、
 兄は今ごろはもう、自らの予言通りに―――――。


 方明の言葉に、無念が重く圧し掛かる。


 「出雲出陣の反対、瀬戸内の政情安定、厳島を避ける陸路……。
  弘中隆包は、常にあんたの横で正しい戦略を立てていた。
  総大将がその弘中隆包を正しく用いることができていたら、
  ―――――いや、弘中隆包が総大将であったなら、
  大内は今日のような大敗を招くことはなかった―――――!」
 

 「……」


 「これが、何か分かるか」


 弘中方明は陶晴賢の足元に、一振りの太刀を投げ捨てた。

 ドサリと砂浜に横たわったその太刀を見下ろして、
 晴賢は思わず息を飲む。


 それは、しばらく自分の手元から離れており、
 久しぶりに目にする、愛用の太刀だった。


 「あんたが兄に預けた、あんたの太刀だ。
  あんたは、これを人に預けていたことすら忘れていただろう」


 「……」


 陶晴賢の視線は、足元の太刀に向いたまま動かない。


 晴賢には、方明の言いたいことは分かっていた。

 晴賢は総大将になってからというもの、
 江良房栄や三浦房清など、武勇に優れたものに武を任せ、
 自分は彼らを指揮するだけの仕事となった。

 自ら太刀を振るわなくなったのは、いつの頃からだろう――――。
 いつから武人という自覚が無くなったのだろう。

 しかし、自分は武官筆頭であり、周防国の守護代であり、
 人の上に立つということは、そういうことなのだ――――。


 晴賢がそう心でうなずいた時に、
 方明はさらに言葉を浴びせた。


 「弘中隆包は、安芸守護代に就いても、文官筆頭に任じられても、
  自らの手を使って、全ての問題を解決してきた。
  自らの足で地を歩き、安芸を豊かにし、筑前の内紛を鎮めた。
  江良房栄が裏切った時も、兄はあんたのその太刀を使わず、
  自らの手に自らの太刀を握り、江良を誅殺したんだ」


 「……」


 確かに、晴賢が隆包に太刀を預けたのは、
 江良房栄に翻意の疑惑が立ち、殺害を頼んだ時である。

 だが、弘中隆包がその太刀を用いなかったことは、
 晴賢にとっては初耳だった。


 「弘中隆包とは、常に自ら結果を出す大将だったのだ。
  それに比べて、あんたはどうだ。
  自らの太刀の所在をも忘れているほどだ。
  かつての誉れも虚しく、身体に肉も付いているではないか」


 「……」


 「あんたは以前に、大内義隆公や奉行人の相良武任を
  文弱の徒として嫌い、その命を追い詰めた。
  だが、自ら汗をかかなくなったあんたは、似た者になった」


 「……調子に乗るな、方明!!」


 ついに、虎が咆えた。

 その目は血走り、まさに獲物に飢えた猛虎の眼を髣髴させる。
 内に秘めた獰猛さが、蘇ってきたかのようである。

 特に公家の臭い漂う相良武任と同じ文弱扱いをされたことが
 今にも触発しそうな陶晴賢の逆鱗を刺激した。


 「俺が、相良武任と同じだと……!?」

 
 方明が、ニヤリと片方の口角を上げる。


 「虎の心は、少しは残っていたか」


 「方明……。この俺を敵に回すか……」


 「最初からあんたは、俺たちの味方じゃなかった。
  大内や兄を破滅に追いやったのは、あんただ」


 「死を選びたいようだな、方明」


 「あんたも、周防の虎、西国無双の侍大将と言われた男だ。
  総大将の器ではないが、侍大将程度の働きなら大物だろう。
  あの頃の武心と誇りがまだあんたにも残っているというなら、
  その太刀で俺をねじ伏せ、この舟を奪い取ることだ」


 「後悔するなよ……」


 怒髪天を衝き憤怒の湯気を立たせる陶晴賢は、
 ゆっくりと足元の太刀をつかんだ。

 そして刀身を抜き放ち、鞘を砂浜に投げ捨てる。


 弘中方明も両手で槍を握り、構えた。


 「十二年前、あんたが強行した出雲遠征の失敗で、
  大内晴持様は揖屋沖で溺死された。
  そして四年前、あんたが起こした周防山口の内乱で、
  大内義隆様は仙崎湾を出られず自刃された。
  自分だけそう安々と海を渡って逃げられると思うなよ」


 「貴様……」


 「海と風そして雲が、あんたを許しはしない」


 方明の槍の刃先が、海面の陽光を受けてキラリと光る。

 晴賢の太刀もまた、怒りの炎に燃えていた。


 「本気でこの晴賢に勝てると思っているのか」
 

 「俺は、元服前は、幾度の手合わせでも、
  御前試合でも、あんたには一度も勝てたことはない。
  だが、虎が獲物の獲り方を忘れた今はどうかな」


 「虎の爪牙は、いつまでも西国無双よ。
  覚悟しろ。貴様のごとき薄情者には、死あるのみだ」


 「口上はそこまでにしておこうか。
  あとは、その刃で語れ─────!」



 両者は互いに不敵な笑みを浮かべたかと思うと、
 どちらも素早く砂を蹴った。


 太刀と槍の刃が強くぶつかり、火花が散る。


 周防の猛虎、陶晴賢。
 そして、岩国の流雲、弘中方明。


 生来の友情で結ばれていた二将が今、
 その生死を賭けた運命の決闘に身を投じた─────。


 (つづく)
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