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Timestageのメンバーが、歴史にまつわる雑談を気まぐれに語っていくブログ。
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厳島戦記(四十) 阿鼻叫喚の巻


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 厳島戦記(四十) 阿鼻叫喚の巻
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                       第七部「厳島奇襲戦」




 「元春様!」

 「殿!」


 紅蓮の火炎に包まれゆく滝小路の中で、
 将兵たちの急き立てる声が飛ぶ。

 吉川元春の頭の中には、
 心の師である弘中三河守隆包の残した命題が駆け廻り、
 彼らの声はほとんど双耳に入ってこない。
 

 炎へと消え行く名将・弘中隆包を討つか。
 海へと逃げ行く総大将・陶晴賢を追うか。

 どちらの道を決断すべきなのか―――――。


 かつて父元就は、当主である兄の隆元には
 我ら兄弟以上の「決断力」がある、と言った。

 しかし今、父や兄の決断力に頼る時間は残されていない。
 自分自身の将としての決断力だけが問われているのだ。


 弘中隆包が与えた試練とは、何か。


 (選ぶ道を見誤ってはならぬ―――――)

 (どの道を選ぶべきか。
  毛利の未来は貴殿の決断にかかっている―――――)

 (目先の現に惑わされず、本質を見抜け―――――)

 (毛利家の将来にとっての最良の道を考え、
  判断するのだ―――――)

 (厳島の冥応は、こうして毛利に下りたのだ―――――)


 弘中隆包の「最後の教え」が、
 吉川元春の脳裏に逆流しながら浮かび上がっていく。

 そしてそれらが次第に絡み合っていった時、
 元春にはまるで判じ物の解法に触れたかのように、
 ハッと目を見開いた。


 (厳島の冥応? 毛利家の将来?
  本質とは……? では、目先の現とは? 
  どの道を選ぶべきか……、どの道?
  どちらの道、ではなく、どの道……?)


 弘中隆包の発した一言一句を手繰り寄せていった元春には、
 答えの片鱗が見えた。

 毛利家次男としての自分が本質と見るべき、
 毛利の将来の形とは―――――。

 弘中隆包の息の根を止めることか?

 陶晴賢を捕えることか?

 否。

 弘中隆包も陶晴賢も、目先の現―――――。


 吉川元春は瞬時に踵を返し、全軍に号令を出した。


 「陶が失せても、弘中が逃げても、苦しからず。
  まずは鎮火に努めるのだ。
  決して、厳島神殿を焼いてはならん!!」



 元春の号令後の吉川軍の動きは、素早かった。

 逃げ惑う大内軍には目もくれず、
 誰もが消火第一に務めた。

 昨夜の嵐で弥山方面から流れ落ちる川の水量も多く、
 兵たちは桶や兜を使って次々と水を汲んで火元に撒いた。

 滝小路を焦がす炎は、吉川隊の尽力で次第に消えていった。

 そして、火災はそれほど広範囲に広がることなく、
 美しい真紅の厳島神社は戦災から免れたのであった。


 吉川元春は、毛利家の発展に必要な本質を見抜いた。

 それは、敗軍の将を仕留めることではない。

 神域を奇襲の戦場に選んだ毛利家にとって、
 一千年もの由緒を持つ厳島神社を消失することがあれば、
 家名に拭えない最大の汚点を後世へと残すことになる。

 自ら招いた災いから厳島神社を守り抜くことこそ、
 今の、そして今後の毛利にとっての
 第一の選択肢だと考えたのである。

 決断の岐路は、二択ではなかったのだ。


 吉川元春は、この滝小路での的確で正しい判断により、
 武勇一辺倒ではない名将だということを
 後世まで語り継がれることとなる。

 この後、不敗の名将としてその名を轟かせる吉川元春だが、
 周囲からこの滝小路の英断について尋ねられても、
 元春は決して深くは語ろうとはしなかったという。

 その決断には心の師の導きがあったことを、
 吉川元春は深く心の底に抱え込んでいたのであろう。


 そして、後にその名を轟かす吉川元春が、
 絶体絶命の危機にまで追い詰められたこの滝小路は、
 いつしかその相手の将・弘中隆包の名を取って
 別称を「弘中戦地」と呼ばれるようになった―――――。



 さて、弘中隆包にその危局を救われ、
 大野瀬戸の海岸線へと逃げていった総大将の陶晴賢は、
 阿鼻叫喚の地獄絵図と化した厳島の様子を見て、
 憔悴しきっていた。

 昨夜まで意気揚々と士気にあふれた大内本軍の大軍勢が、
 毛利勢によって次々と斬り殺され、
 海へと逃げ惑う大内軍の将兵たちも村上水軍の包囲網に捕えられ、
 また大野瀬戸へと溺れ沈んでいく。

 陶晴賢の目には、信じ難い大虐殺の光景が焼き映されていった。


 三浦房清や大和興武が楯となって小早川隆景隊の追撃を防ぎ、
 陶晴賢は伊香賀房明、山崎勘解由ら家臣に守られながら、
 数日前に上陸した地である大元浦まで逃げてきた。

 だが、着岸していたはずの多数の軍船は、一隻もなかった。

 敗走した大内軍の兵たちが、この地獄の厳島から脱出しようと、
 総大将も見捨て、我先にと勝手に船を出したのである。

 しかし、それらの船も大野瀬戸に並ぶ村上水軍にことごとく捕まり、
 ほとんどが本土に渡ることができず虐殺されている様子が、
 大元浦の浜からも見て取れた。


 栄えある大内家の総大将として輝かしい地位にあった陶晴賢は、
 見る影もない泥まみれの姿で、大元浦に呆然と立ち尽くした。

 この厳島の海域を治めているのは、自分である。

 その自分が、目の前の対岸にすら渡ることができないのか。
 我が身を送る船を残す兵が、一人もいなかったのか。


 古来より、大きな堤も蟻の一穴によって決壊するという。

 家督を継いでより築き上げてきた栄光という名の大堤防が、
 毛利による一刺しでもろくも崩れていく感じがした。

 肩を落とす陶晴賢の顔には、もはや生気すら感じられない。


 「殿、大元浦が敵に押さえられているならば、
  西の大江浦まで逃げおおせるべき、
  弘中殿はそう言っていましたぞ」


 伊香賀房明の言葉を聞き、陶晴賢は我に返った。

 そう、弘中隆包はこの晴賢を逃がすために、
 猛将吉川元春の前に残って奮戦しているのではないか。

 ここで諦めるようならば、
 決死の殿を務める弘中隆包に申し訳が立たない。


 「そうであった。大江浦だ。
  大江浦まで辿りつけと、弘中殿は言っておった」


 陶晴賢の眼に、光が戻った。

 弘中隆包に守られた命、必ず生きねばならぬ―――――。

 背後には小早川隆景ら毛利勢の追撃の声が聞こえる。
 一刻も早く、西へと逃げ行かねばならない。

 大江浦から西は、波打ち際が進みにくい岩場になっており、
 陶晴賢とその郎党たちは、息を切らしながら、
 その岩場を登り、波に打たれながら西へと向かっていった。

 厳島神社の大鳥居が、やがて視界から消えていく。

 必ずや再起を図り、再びこの厳島を支配下に置こう。

 陶晴賢は捲土重来を誓いながら、
 波しぶきに濡れる顔を拭い、重い足を進めた。



 いつしか、陶晴賢に随従する将兵は、
 伊香賀房明、山崎勘解由、垣並佐渡守、小姓の乙若ら、
 わずか七名になっていた。

 二万人の大軍勢を率いて厳島へ渡った陶晴賢は、
 わずか一昼夜にして惨めな落ち武者となったのである。

 その無念さを噛み締めながら岩場を越えていくと、
 やがて弘中隆包の指示した、大江浦の浜が見えてきた。


 「殿、舟が! 小舟がございます!」

 少年の乙若が浜を指差し、歓喜の声を上げた。

 その指の先には、確かに小さな舟が一艘、
 総大将の陶晴賢を待って泊まっていたのである。

 諸将からも欣喜雀躍の声が挙がる。


 「おお……」


 一兵卒までもが総大将を見棄てて勝手に軍船を出す中、
 総大将を見棄てず待っている者が
 たった一人でもいた残っていたことに、
 陶晴賢は歓びに声が詰まり、思わず涙がこぼれそうになった。


 「周防へ帰れるぞ―――――!」


 陶晴賢は沸き立つ喜びに震えながら、
 敗走の疲労感も一瞬で吹き飛び、
 大江浦の浜に待つ小舟へと全力で駆け寄っていった。


 (つづく)
| 『厳島戦記』 | 00:05 | comments(0) | trackbacks(0) |









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