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Timestageのメンバーが、歴史にまつわる雑談を気まぐれに語っていくブログ。
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厳島戦記(三十九) 滝小路戦の巻


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 厳島戦記(三十九) 滝小路戦の巻
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                       第七部「厳島奇襲戦」




 大内軍の弘中隆包と毛利軍の吉川元春は
 滝小路の乱戦の中、十合、二十合と打ち合った。

 両軍きっての武勇を誇る両将。
 幾度も刃を交え、火花を散らしても、決着はつかない。


 だが、両者の顔色には差があった。

 若き吉川元春のほうが、苦戦の表情をにじり出していた。


 弘中隆包の強力な攻撃を受け返すのも体力を奪われる上に、
 こちらからの攻撃は、手応えなくスルリと払われる。

 まるで風の暖簾を槍で突いているかのように
 全力の攻撃が流されてしまうのである。

 対して、鋭くも涼しい表情の弘中三河守隆包。

 つかみどころのない相手を前に、
 吉川元春の息づかいは大きく肩から全身へと伝う。


 「でやぁぁっ―――――!」


 槍を握る手に全身全霊の力を込め、
 元春は意を決して渾身の一撃を繰り出した。

 だがその破壊力のある槍の一突きも、
 隆包の刀先に軽く流されて、
 吉川元春は勢い余って身体の均衡を崩した。


 それを見逃さなかった弘中隆包の刀が、
 間髪入れず、元春の頭上に振り下ろされる。

 咄嗟に体を返した吉川元春は真正面でその攻撃を受け止めたが、
 その圧力に耐え切れず、握り締めた長槍が、
 隆包の刃を受けたその部分から、真っ二つに折れた。


 「くっ……!」


 「とどめだ!」


 隆包がすかさず最後の一撃を打ち込もうと刀を振った。

 だが、吉川元春は本能的に身をかがめ、
 肩から隆包にぶつかった。

 比較的長身の元春からは予想できない動きに、
 弘中隆包は不意を喰らって、その身体を後方に飛ばした。

 隆包は踏み止まって瞬発的に体を立て直し、
 再びその太刀を振り上げる。


 (間に合わぬ――――――!)


 吉川元春は折れた槍を捨てて、
 すぐに腰の刀の柄に手をかけたが、
 弘中隆包の迅速な動きに、今度こそ死の予感を覚えた。



 ―――――しかし、
 刀を振り上げる弘中隆包の踏み込みが
 一瞬止まった。

 
 吉川元春の背後から、無数の鬨の声が挙がったからである。

 吉川隊の危機を聞きつけ、
 熊谷信直、そして天野隆重の軍勢が助勢に現れたのである。


 
 「元春様!」


 「元春様をお守りせよ!」


 熊谷隊、天野隊の参戦で、滝小路には毛利軍があふれかえり、
 弘中隆包の部隊はあっという間に飲みこまれていく。

 死の迫っていた吉川隊も大いに士気が上がり、
 弘中隊は逆に内陸の大聖院方面へと押し戻されていった。

 形勢の再逆転に、滝小路にはさらに砂塵が舞う。


 「弘中殿!」


 観念したのか太刀を下ろした弘中隆包に向かって、
 吉川元春は慌てて声をかけた。

 博奕尾の時のように、弘中隆包はまた風のごとく退却し、
 そして今回のように再び我らを脅かすだろう。

 弘中隆包と言葉を交わす機会は、今しかない―――――。

 とっさにそう思った元春の口から、
 自然に呼び止める言葉が出てきたのであった。


 「弘中殿……。
  あなたは……、あなたはずっと、私の憧れでした。
  各地の戦地で見せた、その至高の武勇も、
  安芸守護代として見せた、その練達の内政手腕も」


 「……」


 「そして、我が父も、あなたを超えることが夢だった。
  今の毛利は、あなたの存在あってこそだ」


 「もう既に、元就殿も元春殿も、私など超えている。
  この戦況が物語っているではないか」


 周囲を見渡すと、加勢に次ぐ加勢で数の膨らむ毛利勢に、
 大苦戦を強いられている弘中隊の無残な姿があった。


 「元就殿の厳島神殿に対する崇拝は、真であった。
  厳島の冥応は、こうして毛利に下りたのだ」


 「……」



 かつて弘中隆包は、毛利元就父子に、
 戦勝の要は「百万一心」にあると伝えた。

 一つの目的に向かって、全員が力と心を一つにする。

 一将の危機を他の将が加勢して敵に当たる毛利軍と、
 一将が窮地に立たされたまま押されている大内軍――――。

 どちらが「百万一心」を実現できているのかは、
 今の戦況を見ると誰の眼にも明らかであった。 


 吉川元春は逆転優勢の立場にありながら、
 この幾度となく転がりゆく運命に、
 胸が締め付けられる想いがした。
 

 「弘中殿……。
  私はまだまだ若輩者。
  あなたに教えを乞いたいことが、
  まだたくさんあったのに―――――」


 吉川元春にとっては、弘中隆包は心の師であった。

 運命の翻弄で敵味方に別れはしたが、
 これからも隆包の勇士を追い続けていたい。
 元春はそう願っていたのである。


 そんな心を見抜いたのかどうか、
 弘中隆包は、一瞬ふと優しい微笑を見せた。


 「元春殿に教えることなど、何もあるまい」


 「いや、弘中殿から学び足りないことは
  山ほどございます」


 「そうか、では―――――。
  誰ぞ、松明を!」


 傍の一兵が松明を差し出し、弘中隆包は素早く受け取った。
 松明の光が隆包の顔を妖しく赤く照らす。 
 
 固唾を飲む吉川元春に、弘中隆包は語り始めた。


 「ならば、教えよう。
  次男の務めは、本家を守ることにある。
  毛利家次男の貴殿は、毛利の嫡流の存続と発展に強く尽力せよ」


 「……」
 

 「常に毛利家の将来にとっての最良の道を考え、判断するのだ。
  目先の現に惑わされず、本質を見抜け」


 「……はっ。元春、肝に銘じます」


 「―――――では最後に、貴殿に試練を進ぜよう」


 「……試練?」


 「後世の歴史に名を残す名将となるか。
  毛利の名に傷をつける愚将となるか。
  それが、今すぐ決まる」


 「……?」


 「この試練を乗り越え、毛利を覇者へと導け、元春殿!」


 弘中隆包は突然、手にした松明を足元へ放った。

 たちまち、滝小路に炎が立ち上がる。


 「うっ……!」


 吉川元春とその部隊は、突然の炎柱の熱を受けて、
 反射的に手で顔を防いだ。

 昨晩の嵐で湿っているはずの滝小路一帯が、
 なぜ、かくも急速に炎に包まれる?
 弘中軍は周到に油を用意していたのか?

 吉川元春が混乱しながら目を開くと、
 揺れる炎の向こうに弘中隆包の眼差しがあった。


 「さあ、元春殿。すぐに決断するがいい」


 炎を隔てた向こうから、
 弘中隆包は吉川元春に言った。


 「このまま炎を飛び越え、この隆包を仕留めるか。
  この隆包を捨て、総大将の陶晴賢を追うか。
  どの道を選ぶべきか。
  毛利の未来は、貴殿の決断にかかっている―――――」



 弘中隆包の放った火はさらに滝小路周辺の民家へと燃え移り、
 加速的にその勢いを増していった。

 生き残った弘中隆包の兵たちは速やかに後方へと退き、
 それを炎の勢いが楯となって毛利軍の追撃を阻む。


 「選ぶ道を見誤ってはならぬ」


 「……!」


 「さらばだ、元春殿―――――」


 弘中隆包の姿は、
 揺れる劫火の中にゆっくりと消えていく。



 吉川元春は突然の試練に、気を引き締めた。


 弘中隆包は神出鬼没の風の将。
 このまま逃しては、再び我らの前に現れて、
 毛利軍の命を脅かすことになるだろう。
 
 しかし、陶晴賢は大内軍全軍をまとめる総大将。
 厳島を逃れて周防山口へと戻ることになれば、
 再び兵をまとめて毛利の西進の大きな壁になるはず。


 どちらの選択肢を決断すべきなのか―――――。


 どちらの選択肢が正しくて、
 どちらの選択肢が誤りなのか―――――。


 一寸の猶予も許されない事態の中、
 猛火の熱気と焦燥の凍気の狭間に身を置かれた
 吉川元春の身体から、尋常でないほどの汗が噴き出る。


 「元春様!」

 「元春様!」


 周囲の将兵たちが判断を仰ぐために呼びかけるが、
 息を荒げる吉川元春には全く耳に入っていない。


 弘中隆包が最後に残した究極の試練に、
 吉川元春は大きく力量を試される局面に立たされていた―――――。


 (つづく)
| 『厳島戦記』 | 20:12 | comments(0) | trackbacks(0) |









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