Calendar
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031  
<< May 2018 >>
CATEGORIES
ARCHIVES
LINKS
PROFILE
SELECTED ENTRIES
RECENT COMMENTS
OTHERS
Timestageのメンバーが、歴史にまつわる雑談を気まぐれに語っていくブログ。
<< 厳島戦記(三十七) 周章狼狽の巻 | main | 厳島戦記(三十九) 滝小路戦の巻 >>
厳島戦記(三十八) 疾風怒濤の巻


―――――――――――――――――――――――――――――――――
 厳島戦記(三十八) 疾風怒濤の巻
―――――――――――――――――――――――――――――――――
                       第七部「厳島奇襲戦」




 陶尾張守晴賢率いる多勢の大内軍を奇襲にて壊滅させた
 毛利軍の先鋒・吉川元春の部隊は、
 ついに厳島神社後方の滝小路まで陶晴賢を追い詰めた。

 西日本に大きな覇を広げる周防の虎に、
 仕留めの一撃を刺せる―――――。

 吉川元春がとどめの突撃号令をかけようとしたその時、
 滝小路に一陣の風が吹き抜けた。


 その風の主が、吉川元春には分かった。

 先ほどの博奕尾で受けた疾風の感触が即座に蘇り、
 一気に体幹が凍りつく。
 

 そして元春が全軍に注意の促す間もなく、
 滝小路に並ぶ民家の間から、風と共に敵の部隊が躍り出て、
 吉川隊の横っ腹を激しく衝いた。

 弘中三河守隆包の軍勢である。

 
 「ひるむな、押し返せ!」


 元春の掛け声も虚しく、不意を突かれた吉川隊は
 十三間、十四間とじりじりと後方へと押されていく。

 敵軍の総大将を追い詰めていたはずが、
 隆包の登場で一転、苦境に立たされることになった。

 自らも槍を握って防戦に務める吉川元春は、
 改めて敵将弘中隆包の恐ろしさを思い知った。

 まさに死を覚悟して、弘中隊の猛攻に当たった。
 


 「無事かっ、陶殿!」


 「……弘中殿!」


 疾風のように現れて絶体絶命の危機を救った弘中隆包の姿を見て、
 陶晴賢はまるで大海に浮かぶ一本の丸太にしがみつくように、
 隆包の肩をがっちりとつかんで、喜びに震えた。


 「よくぞ、よくぞ来てくれた、弘中殿っ!
  共に力を合わせ、戦況を立て直そう」


 歓喜の声を上げる陶晴賢とは対照的に、
 弘中隆包は冷静に吉川隊との衝突の様子を目で追い、
 かぶりを振りながら晴賢に告げる。


 「陶殿、残念だが、我が軍は壊滅だ。
  我らが殿を務める。
  早く兵をまとめて逃げられよ」


 「……!」
 

 陶晴賢は、その隆包の言葉に聞き覚えがあった。

 まさに同じ言葉を弘中隆包からかけられたのは、
 約十二年前の、月山富田城の戦いの時である。

 あの出雲遠征の時も、弘中隆包の反対論を抑え込んで
 晴賢が中心になって遠征を推し進めた結果、
 月山富田城の尼子軍の策略にはまり、大敗を招いた。

 そしてその時、楯となって陶晴賢の窮地を救ったのは、
 反対論者だった弘中隆包だったのである。


 その十二年前の過ちが、今また繰り返されている。

 そのことに気が付いた陶晴賢は、心を強く締め付けられた。


 「弘中殿……」


 「また、周防山口にて軍を整えて、再起を期そう。
  まずはこの死地から脱しなければならぬ。
  陶殿、ここは我らに任せ、周防へと逃げ延びられよ」


 「弘中殿……、すまぬっ」


 「何を言われる。
  生き延びて捲土重来に臨むのが、総大将の役目。
  総大将を無事に逃がすのは、諸将の役目だ」


 「しかし……」


 「さあ、陶殿。吉川隊は我らがここで押し留める。
  まずは大元浦まで逃げるのだ。
  そこが小早川隊に押さえられているようなら、
  ……大江浦だ。大江浦まで辿りついてくれ」


 危険と安堵が交錯し混乱気味の陶晴賢に対し、
 弘中隆包は総大将に的確な指示を出す。


 大元浦は厳島神社の西側にあり、
 陶晴賢率いる大内軍本隊が上陸した地でもある。

 そこには渡海に使用した軍船が集められているが、
 用意周到な毛利元就がそれらを無視するはずはない。

 恐らく別動している小早川隆景や村上水軍が
 大元浦に停泊中の船団を占拠している可能性も大きい。

 その次に弘中隆包の口から自然に出てきた地名が、大江浦。

 大元浦からさらに西の海岸線を伝って南下した場所で、
 厳島神社からはかなり遠い場所である。

 恐らく毛利軍の兵力では、厳島の南部までは兵を配備できない。

 しかも大江浦から海を渡れば、本土はすぐである。
 その間に船が一艘でもあれば、
 逃げられる可能性もわずかながらある。


 もはや一刻の猶予もない。

 弘中隆包は、陶晴賢の周囲を守る諸将にも指示を出し、
 西へと逃げる道を切り拓く。


 三浦房清や大和興武など、
 奇襲前に弘中隆包の慎重論を一蹴していた諸将は、
 弘中隆包に対して合わせる顔もなく、
 恨みなく冷静に指示を出す弘中隆包の言に従った。

 家臣たちに引きずられるように西へと向かう陶晴賢は、
 いつまでも背後を振り返り、戦友の顔を見つめた。


 「弘中殿っ、おぬしも生きて戻ってくれ! 約束だぞ!」


 陶晴賢の眼には、涙が浮かぶ。

 出雲国の月山富田城で尼子軍に大敗した時にも、
 旧主大内義隆を長門大寧寺に追い詰めて自刃させた時にも、
 さらには父である陶興房が死去した時でさえも
 泣いたことのなかった豪傑の眼に、涙がにじんでいた。


 二度も同じ過ちを繰り返し、危急の事態を招いた自分。

 次こそは必ず、弘中隆包の期待に応える判断をし、
 再び二人で大内家を盛り返したい。

 陶晴賢は、心の奥底からそう願った。

 滝小路に残り離れていく弘中隆包に深く心から詫びながら、
 その無事を無心に祈る。


 陶晴賢の呼びかけに、弘中隆包は一言も返さなかった。

 ただ目を細め、やさしく微笑しただけである。

 弘中隆包には分かっていた。
 これが今生の別れになるということを―――――。
 


 総大将陶晴賢が諸将に守られながら
 滝小路から姿を消したことを確認した弘中隆包は、
 前方の吉川隊に力強く刀を向けた。


 「者ども、敵軍を蹴散らせ!」


 隆包の合図で、弘中隊の攻勢はいっそう果敢になり、
 吉川元春隊はさらに窮地に追い込まれた。

 吉川元春は自ら槍を振るって敵勢に立ち向かったが、
 弘中隊の疾風怒濤の猛攻を前に、焦りが募る。
 

 敵兵を斬り捨て、
 次の敵兵の攻撃を払った吉川元春の眼前に、
 一閃する刃が突然迫った。

 咄嗟に構えた槍でその攻撃を紙一重で受け止めた元春は、
 その刃の向こうに勇将の眼光を見る。


 「くっ……!」


 「どうした、元春殿。
  本気で来なければ、その首飛ぶぞ」


 「隆包殿……!」


 弘中隆包の攻撃の重圧が、
 吉川元春の槍を握る両手に重く圧し掛かる。

 元春は歯を喰いしばりながら、負けじと押し返す。


 大内軍随一の勇将と謳われる弘中隆包と、
 毛利軍随一の猛将と讃えられる吉川元春。

 死を賭けた二人の刃が、激しく火花を散らした。

 元春の初陣以来、十五年間に渡って共に各地を転戦し、
 共に安芸の国づくりに力を合わせてきた名将二人。

 その二将の運命の死闘が、
 歴史ある厳島神社を背に激しさを増した────。


 (つづく)

| 『厳島戦記』 | 22:57 | comments(0) | trackbacks(0) |









http://blog.timestage.net/trackback/1434397