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Timestageのメンバーが、歴史にまつわる雑談を気まぐれに語っていくブログ。
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厳島戦記(三十七) 周章狼狽の巻


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 厳島戦記(三十七) 周章狼狽の巻
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                       第七部「厳島奇襲戦」




 雨は止み、嵐は過ぎた。


 宮尾城総攻撃をその日の昼に控えた未明、
 塔ノ岡の大内軍本陣は寝静まっていた。

 だが、総大将の陶晴賢は、
 なぜかなかなか寝付けずにいた。


 目の前の宮尾城を落とせば、厳島を拠点にし、
 大内に反旗を翻した逆賊毛利を討つことができる―――――。

 毛利を討てば、その後は出雲の尼子を屠り、
 主君大内義長の実家である豊後の大友家と手を組んで、
 南は薩摩の島津までをも飲み込み、
 そして大内は、天下に覇を唱えていく存在となる。

 新しき世を作る第一歩が、まさに明日の総攻撃である。

 そんなことが頭を幾度となく巡り、眠気を遮る。


 夜明けが近づく頃、
 鎧姿で腰かけたまま少し眠りに落ちようとした陶晴賢は、
 突然パッと両眼を見開いた。

 かすかに響く甲高い呼笛の音が、
 遠くに聞こえた気がしたのである。 


 笛―――――。


 (毛利元就ほどの謀将であれば、奇襲をかけるとすれば嵐の日だ。
  この暴風雨の中でも臨戦態勢は解除するべきではない。
  全軍が総攻撃に備えるならば、我が軍だけでも島内を見回り、
  奇襲部隊を発見したら警笛を発するようにしたい)


 瞬時に、昨日の軍議での場面が回想された。

 ただ一人、奇襲に備えることを主張した弘中三河守隆包が
 晴賢の配下たちに「勝手にせい」と笑われ、席を立った。

 今まさに、弘中隆包が口にしていた
 その警笛の音が鳴らされたのではないか―――――。


 そんなどす黒い予感が陶晴賢の脳裏をよぎったその時、
 一人の部下が陣幕に転がり込んできて叫んだ。


 「殿、敵襲……、敵襲です!!」

 「……何だと!」


 陶晴賢は慌てて、重い鎧のまま腰を上げて外へと飛び出す。

 そして、兵たちの視線が向けられた東の尾根を見て、
 一瞬言葉を失った。


 博奕尾の峰からこちらに、
 怒り狂う龍が、牙を剥いて襲い向かってくる―――――。 


 旗差物が連なる様子は、まるで龍の身体に鱗が光るが如く、
 銅鑼と共に挙がる時の声は、まるで龍の唸りが轟くが如く、
 そしてその先頭の篝火は、まるで龍の眼から赤い眼光を放つが如く、
 その龍が、博奕尾を駆け下りて
 この虎の本陣へと向かっているではないか。


 「毛利軍です! 先鋒は、吉川元春隊!」

 家臣の一人が、龍の軍旗を確認して総大将に告げる。


 我に返った陶晴賢は、周囲の家臣たちに大声で号令をかけた。

 「敵襲だ! 返り討ちにせい!」


 そうだ、敵はたかが小勢の毛利ではないか。
 たとえ奇襲されたとしても、毛利軍は我が軍の半数にも満たない。
 応戦すれば確実に撃退できる兵力が、我が軍にはある。

 だが、そんな晴賢の冷静な判断は、
 一瞬にして打ち砕かれる。


 思いもよらぬ方角からの急襲に、虚を衝かれた大内軍本陣は、
 完全に不意を討たれて浮足立った。

 毛利軍の先鋒である吉川元春隊が本陣に突入するや否や、
 誰もが落ち着きを乱し、平静を失ってまともな思考ができず、
 大内軍は大混乱に陥り、兵たちはあっという間に討たれた。

 周章狼狽の大内軍は命令系統も混乱し、敵も味方も分からない。
 闇雲に周囲の人間を斬り払い、錯乱して散り散りに逃げていく。

 
 「逃げるな、応戦せよ―――――!」

 総大将陶晴賢の叱咤も、
 虚しく動転の混乱の中にかき消されていく。


 そこへ後続の毛利隆元隊、
 そして毛利元就率いる本隊が襲い掛かり、
 大内本陣はずたずたに踏み荒らされ、総崩れとなった。

 一度起こった雪崩を元の雪山に戻すのは、
 どんな名将にも不可能である。

 厳島の狭い平面に集まっていた二万の大軍は、
 毛利軍の一突きであっという間に弾け飛ぶ。

 西日本最大の大軍勢が、一瞬にしてもろくも砕け散る。

 そのような歴史的大敗がまさに今、
 この厳島という小さな聖域にて繰り広げられていた。 



 「殿、あちらへお逃げ下さい!」


 昨日とは一変した地獄絵図の本陣を目の前にして
 呆然とする陶晴賢の肩を揺すったのは、
 陶軍の武を支える将、三浦房清であった。
 
 かつて「富田の三房」と謳われた陶晴賢旗下の猛将の中で、
 宮川房長は折敷畑山に散り、江良房栄は岩国琥珀院で討たれ、
 いまや残っているのは、その三浦房清ただ一人である。

 「おのれ、逆賊どもがっ!」

 三浦房清は、主君陶晴賢を逃がしながら、
 次々に襲い掛かってくる毛利軍を斬り伏せる。

 大和興武、山崎勘解由ら他の側近が、
 陶晴賢を西へと導いていく。


 「隆包……、隆包殿はどうしたのだっ」

 友の姿を思い出し、陶晴賢はあたりを見回した。
 この奇襲を危険視していた弘中隆包の姿が見当たらない。


 「弘中三河守殿は行方知れず、連絡もつきませぬ。
  毛利軍に突破され、敗れ去ったのかもしれません」

 大和興武はそう言って、陶晴賢を西の逃げ道へと誘導する。
 
 陶晴賢は、いまだに今の光景が信じられない様子で、
 大和興武らに引っ張られながら、
 朱に染まっていく本陣を凝視し続けていた。



 東の博奕尾からの襲撃を受けた大内軍が逃げられる場所は、
 海に沿った西側に限られていた。

 大内軍には岩国から渡ってきた大船団があったが、
 前日の嵐に備えて碇は全て降ろされていて、
 すぐには出航できない。

 それでも、大内軍の兵たちは一縷の望みにかけて船を目指す。

 ところが、ここに小早川隆景隊が姿を現した。

 包ヶ浦へ渡った毛利元就たち本隊とは別に、
 小早川隆景隊は嵐に忍んで正面へと船を近づけていたのである。

 そして毛利本隊の奇襲と共に、大内軍の大船団へと乗り込み、
 次々と軍船を奪っていき、逃げ延びてくる敵軍を待った。

 船を頼って命からがら逃げのびてきた大内軍の兵士たちは、
 軍船から次々と現れる小早川隆景隊に簡単に討ち取られていく。

 小舟を駆ってその隙を縫って逃げる者、泳いで逃げようとする者、
 様々にこの地獄から脱出しようと必死で試みる者もいたが、
 海上には村上水軍が船を並べ、片っ端から捕えていった。

 前の海も後ろの山も敵に阻まれ、
 大内軍の逃げ道は完全に断たれていたのである。

 長きにわたり静寂を保った神聖な厳島はこの日、
 西日本の戦国史における空前の大虐殺の舞台と化した。



 厳島神社の背面から南の大聖院に向かって延びる、
 一本の細い小路がある。

 これを人は、滝小路と呼ぶ。

 混乱状態に陥っている総大将の陶晴賢らを引きずって、
 三浦房清や大和興武ら陶家臣たちは、滝小路へと出た。

 毛利の猛攻から逃げるには、
 大聖院方面しかないと判断したからである。

 しかしそこへ、総大将の首を追い求めていた
 毛利軍きっての猛将・吉川元春が
 槍を振るいながら、陶晴賢たちの前に躍り出た。


 「いたぞ、陶晴賢だ! 討ち取れ!」

 吉川元春の部隊約五百人が、
 わずか数十人の陶晴賢軍に襲い掛かった。

 
 (もはや、これまでか―――――)

 周囲を守る将兵たちが次々と吉川元春隊に斬られていく中、
 陶晴賢は刀を構えることもなく、空虚な目つきで心に思った。

 吉川元春も、ついに総大将を追い詰めたと実感したその時。


 民家の間を、素早く風が突き抜けた。

 滝小路の路上の塵埃がにわかに舞い上がり、
 絶体絶命の陶晴賢も、それを追い込んだ吉川元春も、
 反射的に目を瞑って手を顔に当てた。


 (風が、来る―――――!)


 博奕尾で受けた突風と同じ風を感じた吉川元春は、
 突然の脅威に構えるかのごとく、
 槍の柄を強く握り直した―――――。



 (つづく)


| 『厳島戦記』 | 14:20 | comments(0) | trackbacks(0) |









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