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Timestageのメンバーが、歴史にまつわる雑談を気まぐれに語っていくブログ。
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厳島戦記(三十六) 博奕尾峰の巻


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 厳島戦記(三十六) 博奕尾峰の巻
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                       第七部「厳島奇襲戦」




 包ヶ浦に上陸した毛利軍の先頭部隊の将として、
 毛利元就の次男・吉川元春は、
 全軍を先導しながら博奕尾の峰へと登る。


 渡海時に荒れ狂っていた嵐も次第に弱まり、
 暁天を迎えようかという頃、
 元春はついに傾斜を登りきり、博奕尾へ到着した。

 木々の合間から、厳島北岸の灯火が見えた。
 宮尾城総攻撃の時を待つ、陶晴賢の本陣であろう。


 (ここから一気に奇襲をかければ、勝利は我らのものだ)

 吉川元春がはやる心を落ち着かせようと、
 呼吸を整えたその時―――――。



 一陣の強風が博奕尾を吹き抜け、
 目の前の草木が大きくざわめいたかと思うと、
 いきなりその草むらの中から敵兵たちが斬りかかってきた。


 「て、敵だっ!!」


 何せこちらが奇襲を仕掛ける側だったはずである。
 突然の敵襲に、吉川元春隊は浮足立った。

 だが、もう後には逃げる船もない。
 動揺を抑えつつ、吉川隊は必死になって応戦する。

 静かな暗闇だった博奕尾は一転、激戦の音に揺れた。



 剣を抜き身構えた吉川元春の前に、
 一人の若武者が飛び出した。

 (子ども……?)

 元春は一瞬、たじろいだ。

 まだ使い古されていない艶のある武具をまとい、
 剣を構えるその若武者の顔には、
 少年のようなあどけなさが見える。

 いや、まさに彼は十歳程度の少年のようである。


 その若々しい姿を見て、吉川元春には過去の記憶が蘇る。

 十五年前の、吉田郡山城での籠城戦。
 
 出雲国(=島根県)からの尼子軍の襲来の時、
 弱冠十歳で元服前の元春は、初陣を果たすことができた。
 援軍としてやってきた、一人の勇将の後押しによって―――――。
 

 そんな記憶が瞬時に脳裏によぎった時、
 目の前の若武者が、吉川元春に剣を向けて名乗りを上げた。


 「我が名は弘中中務少輔隆佐!
  名のある将とお見受けする。いざ尋常に勝負!」
  
 「―――――!」


 吉川元春の体内に、激震が走った。


 弘中隆包の嫡男が、ここに―――――。

 ということは、今応戦中のこの敵部隊は、
 岩国に駐屯しているはずの弘中三河守隆包の一隊―――――。

 吉川元春の額から、氷のような冷汗がにじむ。


 そして隆佐と名乗った若武者の背後の暗闇から、
 強烈な威圧感を放ちながら、
 元春の脳裏によぎった一将が姿を現し歩み寄ってきた。


 「元春殿か」


 「隆包殿……!」


 十五年前の記憶の中に浮かぶ弘中隆包の姿がそこにあった。

 毛利軍随一の武将と言われた豪傑の吉川元春だが、
 手にした太刀の先が小刻みに震え始める。

 毛利軍の奇襲作戦は、弘中隆包には見破られていたのか。
 我らの勝利への道は、ここに潰えてしまうのか。


 (くっ……、気を確かに持てっ)

 元春は自分に言い聞かせて、太刀の柄を両手で握り直す。


 そこに、弘中隆包の号令が飛ぶ。


 「敵は吉川元春の部隊だ! かかれっ!」


 隆包が太刀を振り下ろすと、
 弘中隊は次々に吉川隊に襲いかかった。

 不意を突かれた吉川元春は、必死に応戦する。

 夜明けを迎えようとする博奕尾の峰は、
 弘中隆包隊と吉川元春隊との激闘の場と化した。



 だが―――――。

 弘中隆包は事前に博奕尾からの敵襲を見破ったわけではない。

 吉川隊の前に現れたのは、実は偶然の産物だった。


 十日前の九月二十一日。

 陶晴賢率いる大内軍二万は、
 宮尾城を落とすべく岩国から厳島へと渡ったが、
 渡海に反対し陸路行軍を主張した弘中隆包は、
 諸将の不興を買って岩国に残された。

 しかし二十三日、弘中隆包は自分の判断で、
 約二百の岩国守備隊を率いて、隠密に厳島へと渡海。

 全軍をもってすれば一日で落ちると思われていた宮尾城が
 意外に堅固でなかなか落とせずにいた陶晴賢は、
 弘中隆包の応援の到着を喜んで迎えた。

 二百程度であっても援軍到来は十分に士気高揚となるし、
 また隆包が持参した数丁の鉄砲も貴重な戦力だった。


 ところが、その後も宮尾城を陥落させることができず、
 さらに村上水軍が毛利に加勢するらしいという噂が
 陣内で起こり始め、大内軍は次第に士気も下がり始めてきた。

 そして二十八日になって、次第に天候も妖しくなってきて、
 二十九日には暴風雨になることが予想された。

 弘中隆包は、その雲行きを見て、

 「毛利元就ほどの謀将であれば、上陸し奇襲をかけるとすれば
  嵐の真っ只中を選ぶ可能性が十分にある。
  迅速を貴び、嵐の中でも早急に城へ総攻撃をかけるべきだ」

 と総大将の陶晴賢に進言した。


 ところが、これもまた諸将たちから大いに反論を受けた。

 数日経っても落ちない宮尾城を、
 暴風雨のような悪条件の中で無理に攻略しても、
 無駄に戦力を消耗するだけで利があるとは思えない、
 というのである。

 陶晴賢は諸将たちの意見を聞いて、決断を下した。

 嵐の中では火縄銃を使うこともできないし、
 嵐の間は毛利軍もそう容易には動けるはずがないと判断し、
 嵐の過ぎるであろう十月一日の昼を
 総攻撃開始の時刻に定めたのである。

 そして、暴風雨に備えて軍船は全て入江に接岸して碇を下ろさせ、
 本陣は来月朔日の総攻撃に備えて休養を取ることになった。


 ここでも意見が孤立してしまった弘中隆包は、
 嵐の中でも臨戦態勢は解除するべきではないと、陶晴賢に諫言。

 弘中隊だけでも奇襲に備えた布陣をしておきたいと主張したが、
 諸将たちからは鼻で笑われ、協力者は一人もいなかった。

 陶晴賢も、布陣の自由は許したものの
 大内本軍の戦力は割けぬと一蹴。

 弘中隆包が動かせるのは、岩国から連れてきた
 自前のわずか二百名程度の部隊だけであった。


 しかし、二万人の大軍ほぼ全部が休息状態なのだから、
 どの方向から奇襲されても危険に陥ってしまう。
 二百名の兵ではとても全ての可能性を防備できるものではない。

 どれだけ思案を巡らせても、
 どの方向から奇襲部隊が来るか、予測できない。

 その予測も、もはや博奕のように神頼みしかない。

 そう考えた時に、
 弘中隆包はふと「博奕尾」という地名を思い出した。

 そう言えば、博奕尾を下りた先には「包ヶ浦」という浜がある。

 自分の名前の一字である「包」の字が用いられたその浜を、
 博奕尾に登れば眼下に見下ろすことができる。

 博奕尾、包ヶ浦、何となく気になる地名である。

 ただそれだけで、特別な根拠もなく、
 弘中隆包は二百人の兵を連れ、
 万が一に備えて博奕尾方面を巡察していたのである。

 そこへ吉川元春隊と遭遇したため、戦闘となったのであった。



 だが、この偶然が毛利側にとっては手痛い混乱となった。

 弘中隆包は岩国に駐屯中だと全員が認識していたため、
 隆包が確実に毛利の手の内を読んでいたと錯覚し、
 隆包の鬼謀恐るべしと、大きな恐怖として受け取ったのである。


 必死に応戦する吉川隊は次第に劣勢を見せ、
 弘中隊の猛攻の前にじりじりと後退を始めていたが、
 吉川隊の後方から、鬨の声が近づいてきた。

 後続の毛利隆元隊である。

 毛利隆元の次鋒部隊が異変に気づいて登山の足を早め、
 博奕尾まで駆け上がってきたのである。

 吉川元春の危機を見た毛利隆元隊は、
 目前の弘中隆包隊に突入した。


 毛利隆元は弟の吉川元春の姿を見つけると、
 手にした太刀を眼下の敵本陣へ向けて言い放った。


 「元春、ここは我らが引き受けた。本隊も間もなく登り着く。
  おまえは先に行け!」

 「兄上!」

 「敵本陣はすぐそこだ。突撃しろ」

 「はっ」


 毛利隆元隊の応援を受けて奮い立った吉川元春隊は、
 劣勢を覆して弘中隆包の部隊を押し始めた。

 隆元隊が加わり、さらに続々と毛利本隊が駆け上がってくる。

 弘中隆包の部隊は、二百程度の兵力である。
 大内軍全体よりも小さいとはいえ、
 総勢二千もの毛利軍の猛攻を食い止めるのは至難の業であった。


 弘中隆包の奮戦も虚しく、
 ついに吉川元春隊は弘中隊を突破し、博奕尾を駆け下りる。

 弘中隆包は追撃のため転進しようとしたが、
 そこに毛利隆元の声が耳に入った。


 「弘中殿!」


 「……隆元殿」


 「貴殿を越え、毛利は天下を頂く!」


 「くっ……」


 毛利隆元の太刀が、弘中隆包の頭上に振り下ろされた。
 隆包はとっさに剣で受ける。

 お互いの鎬をギリギリと削りながら、両将はにらみ合う。


 両者が剣を交えたのは、少年時代以来である。
 毛利隆元が大内義隆への人質として周防山口に滞在していた頃、
 同年代同士、よく剣術の手合わせをしたものである。

 当時は気弱で一度も弘中隆包に勝ったことのない毛利隆元が今、
 峻烈の気魄でその隆包に刃を押し当てている。

 その大きな成長を強く感じながら、
 弘中隆包は交わる刃の奥に輝く毛利隆元の瞳を見つめた。


 「我らを越えられるか、隆元殿……」


 「ああ。百万一心、我らにある限り────」


 「………!」



 百万一心────。

 毛利隆元の迷いのないそのひと言に、
 弘中隆包の心の中の何かがぐらりと動いた。

 隆元は容赦なく次の太刀を加え、隆包はそれを咄嗟に受け払う。

 数合打ち合っているうちに、吉川元春隊、毛利隆元隊の兵が次々と、
 弘中隆包らの脇を駆け抜けて大内軍本陣へと突進していく。

    
 「我らだけでは防げぬ。者ども、退けっ!」


 弘中隆包は毛利隆元の攻撃を払いながら、
 味方の兵たちに号令した。

 そして弘中隊は踵を返し、次々と草むらの中に飛び込んで、
 斜面を滑り降りながら退散していく。

 逃がすまじと毛利隆元が振るった一撃を、
 弘中隆包は跳躍して避け、
 軽やかに後方の斜面に着地したかと思うと、
 絶妙の平衡を見せながら、眼下の草木の中へと滑り消えていった。


 (逃がしたか―――――)


 毛利隆元は悔しまぎれに太刀で空を斬った。


 その直後、毛利元就率いる後続の本隊が博奕尾へと到着。

 隆元は父元就の表情がまるで鬼の形相のように
 血相を変え怒りに沸き立っているのを見た。

 弘中隆包の突然の出現に対する驚きを掻き消すかのように
 気を奮い立たせているのが分かる。

 ここまで父が表情を露わにしたことはこれまで見たことがない。

 だが、隆元の眼光は全く弘中隆包の登場に動じていなかった。
 毛利軍の勝利を信じてやまなかったのである。


 毛利隆元は、手にした太刀を
 吉川元春が突進していく塔ノ岡の敵本陣に向けて、
 高らかに号令する。


 「全軍、敵本陣へ突撃!
  一兵たりとも逃がすな!!」


 毛利隆元の獅子吼に、
 将兵たちは武器や拳を天に突き上げ、
 大きな雄叫びを上げた。

 そして、駆け下りる吉川元春隊を追って、
 二千の毛利軍は大内軍本陣に向けて、
 堰を切ったように猛然と駆け下りていった────。 


 (つづく)
| 『厳島戦記』 | 22:14 | comments(0) | trackbacks(0) |









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