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Timestageのメンバーが、歴史にまつわる雑談を気まぐれに語っていくブログ。
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厳島戦記(三十五) 包浦上陸の巻


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 厳島戦記(三十五) 包浦上陸の巻
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                       第七部「厳島奇襲戦」




 それは壮絶な渡海であった。


 厳島と本州本土とを隔てる海峡を、大野瀬戸と呼ぶ。

 陸地と陸地に挟まれた大野海峡でさえ大荒れであるのに、
 毛利軍は地御前から包ヶ浦に渡るという、
 大海へと大回りする航路を取ったため、
 高波の荒れ狂い様は陸上の者には想像を絶するものであった。

 大河に浮かぶ小笹の葉のように、船はその激浪に揺り動かされる。

 毛利の将兵たちはその揺れに投げ飛ばされないよう、
 船の床や壁に力強く張り付いた。

 この高波を越えなければ、毛利の将来はない。

 その気概と覚悟が、 
 激浪に揺れる毛利軍の心の支えとなっていた。



 通常ならば半時もあれば厳島へ渡海できるが、
 高い波に加え、激しい逆風のため、
 岸が見えるまでに普段よりも七倍、八倍もの時間がかかった。

 それでも毛利軍は耐えながら、
 嵐の中をゆっくりと船を進める。

 そして九月三十日の深夜、
 ついに毛利元就を乗せ先頭を進んでいた御座船が、
 厳島の東岸、包ヶ浦に到着した。


 元就はすぐに、陸上に篝火を一つ焚かせた。

 後に続いてくる船は皆、
 その火が灯るのを見て毛利元就の無事を知り、
 その篝火を目印に船首を向ける。

 それからは、次第に風が収まってきたため
 後続の船は進みやすくなり、次々と包ヶ浦に着岸した。

 亥の刻を過ぎた頃には、全軍が上陸を終えた。
 皆、はぐれることなく無事に厳島に上がったのであった。



 全軍の上陸を確認した毛利元就は、
 全船の責任者である児玉就方を呼び、
 渡海してきた船を全て、対岸に戻すように指示した。

 児玉就方は驚き、慌てて提言する。


 「大殿が決死の覚悟であることは、十分に承知しております。
  しかし、大殿や殿に万が一のことがあれば、
  毛利家の存続すら絶望的になるやもしれませぬ。
  せめて、御座船だけでも残しておくべきです」


 就方は元就の船だけは停泊させるべきだと主張したが。
 毛利元就は決してそれを聞き入れなかった。


 「就方。決死の覚悟とは、どういうことを指すのか。
  敗れれば死あるのみ。そういう決意のことではないか。
  飯の釜を破り、帰る船を沈める覚悟でなければならぬ」

 「……」

 「破るか敗れるかの瀬戸際で、船が置いてあることを思い出せば、
  敗れた時の逃げ道のことを誰もがつい思い浮かべてしまう。
  勝利をつかむためには、一時も退路を思い返してはならぬ。
  大将の乗る御座船こそ、真っ先に廿日市へ引き返させよ」


 元就の決意は固く、
 児玉就方は仕方なく、命令通りに全ての船を沖へと返した。


 逃げ帰る船はない。
 大軍の敵を殲滅してようやく、生き帰る路が現れる。
 生きて帰るには、完全勝利しかない。

 次々と岸から再び離れていく船を見ながら、
 毛利の将兵たちは自分たちが背水の陣の状況にあることを
 改めて心に止めたのであった。



 日が九月三十日から十月一日に変わる頃、
 風雨はほとんど収束していた。

 明朝は嵐の過ぎた清々しい快晴となるであろう。
 そうなると、大内軍は宮尾城への総攻撃を再開するはず。

 総攻撃に備えて休息を取っている明け方までが、
 毛利軍にとって絶好の奇襲の機会である。


 包ヶ浦の陣で速やかに最終確認が行われる。

 夜の間に博奕尾の峠まで登山を行なう。
 吉川元春が先頭で、毛利隆元の部隊が次に続き、
 毛利元就の本隊はその後を進む。

 博奕尾からは、厳島神社をはじめ、
 宮尾城への総攻撃を待ちわびる陶晴賢の塔ノ岡本陣が
 眼下に見えるはずである。

 博奕尾でいったん陣を整え、
 空が明るくなって視界が開けてきた頃を見計らい、
 一気に敵本陣へ駆け下りて奇襲を決行する。
 寝起きの敵本陣は必ず大混乱に陥るであろう。

 その奇襲の段取りが、綿密に打ち合わされる。



 そして、毛利軍の博奕尾への登山が始まった。

 闇夜の中の行軍であるが、
 博奕尾の向こうにひしめく敵の大軍に知られては
 これまでの決死の努力が全て無駄になる。

 そのため、松明も多くは用意するわけにはいかず、
 毛利軍は五感を研ぎ澄ませながら暗闇を登っていった。

 丑三つ時は草木も眠るという。
 無明の闇の中、毛利軍が掻き分ける草の音が
 瀬戸内海の波の音にかき消されていった。



 毛利元就は、杖を地に突いて斜面を登りながら
 博奕尾の峰を見上げる。

 小さな松明の灯は、先頭の吉川元春隊である。
 その灯が、いよいよ博奕尾の頂きに達しようとしている。


 (あの峰から見下ろせば、陶晴賢の本陣は目と鼻の先だ。
  敵は皆、勝利の夢に酔って心地よく眠っている頃だろう。
  我らが毛利の勝利は、目前だ……!)


 毛利元就は、目を細めて吉川隊の灯火を見つめた。

 この時、元就五十九歳。

 もはや前線に立つには老齢と言える年齢であったが、
 これまでの苦節を思い起こせば、その足も自然に進む。

 大内と尼子の間で辛酸と苦難を味わい続けた長き年月。
 今、その苦難を打ち破る大勝利が見える。


 (この勝負、我らがもらった……!)


 勝利を確信した毛利元就が、
 不敵な笑みを見せた、その時――――。



 風雨の収まった登山道に、
 いきなり一陣の風が山上から吹き抜けた。

 その突風を受けて、毛利元就は素早く目を覆ったが、
 異様な音が耳に入り、慌てて目を見開く。


 (何だ……?)

 視線の先にある博奕尾の峰から、
 かすかに喊声が聞こえてくる。
 そして、剣と剣が交わるような金属音も伝わってくる。

 先頭の吉川元春隊、
 そして後続の毛利隆元隊が灯している松明の灯が、
 激しく揺れ始めた。


 「どうした。何が起こっている――――?」

 博奕尾を仰ぎ見る毛利元就たち本隊に、戦慄が走る。


 すぐに、先鋒の一兵が報告係として
 登山道を滑るように駆け下りてきた。


 「注進、注進ッ――――!」

 「いかがした」

 「博奕尾にて、敵方の一隊が姿を現しました!
  元春様の部隊が奇襲され、交戦中にございます!」

 「……何とっ!」


 毛利元就も、周囲の諸将も驚嘆の声を上げた。

 楽勝の雰囲気に充ちているはずの大内軍が、
 包ヶ浦方向からの奇襲に備えているとは心外である。
 そのような慎重に備えを構えられる将が、いるはずがない。

 いや……、まさか……。
 元就の脳裏に、一将の顔が次第に浮かんでくる。

 息を切らしながら、報告が続いた。


 「敵部隊を率いる大内の将は、弘中三河守隆包です!」


 「――――!!」


 脳裏に浮かぶ像と、報告された名が一致したその時、
 毛利元就の背筋は一瞬にして凍りついた。

 弘中隆包の名に、
 元就の周囲を守る諸将たちにも動揺が走る。


 (なぜ、隆包殿が――――!
  隆包殿は、岩国に残ったはずではないのか――――!)


 「大殿……!」


 諸将たちが元就の顔を伺って、ぎょっとした。

 この暗さでは、血が上っているのか青ざめているのか、
 その顔色までは分からないが、
 今までに一度も見せたことのない鬼のような形相が、
 暗闇の中でも浮かび上がって見て取れた。

 普段は冷然そして冷徹に物事を進める毛利元就が、
 この時はまさに怒髪天を衝くほどの激情を見せたのである。


 奇襲の成功を確信した矢先、
 眼前に現れた弘中隆包――――。

 これまで毛利の謀略を一々見抜かれながらも、
 それを逆手に利用するほど冷静に対処していた元就だったが、
 逆上に唸りながら、手にしていた杖を斜面に叩きつけた。

 息を荒げ、眼光を鋭く光らせた毛利元就は
 博奕尾の峰を力強く指差して、声を張り上げた。


 「全軍、突撃じゃ!
  全員で弘中軍を打ち破れ。
  弘中三河守を踏み越えねば、我らに勝利はないぞっ!」


 弘中隆包の名に震えて動きが止まっていた毛利軍は、
 元就の突撃命令ですぐに目が覚めた。

 もう自分たちには、逃げ帰る船は残されていないのだ。
 背水の陣を敷いている今、弘中を越えるしかない。

 登山中の毛利全軍は、意を決して博奕尾へと駆け上がった。
 二千の兵が、交戦中の頂へと突入していく。
 


 毛利元就は、血がにじむほどに強く唇を噛み締める。

 勝利の夢に酔いしれていたのは大内軍ではない。
 自分こそが一瞬でもその勝利の夢に寄った時、
 それをあざ笑うかのように弘中隆包が風の如く現れた。

 元就の心の中で、怒りと悔しさが渦を巻く。
 その渦が、心臓の鼓動に変わって全身に伝わっていく。


 (昇龍を阻むか、弘中隆包――――。
  いよいよ、最後の決着の時が来たようだ――――)


 毛利元就は、腰から太刀を抜き放った。

 そして、博奕尾の峰へと駆け上がっていく軍兵たちと共に、
 再び一歩を踏み出し、敵将へと向かっていった。


 (つづく)
| 『厳島戦記』 | 12:40 | comments(0) | trackbacks(0) |









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