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Timestageのメンバーが、歴史にまつわる雑談を気まぐれに語っていくブログ。
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厳島戦記(三十三) 秋風渡海の巻


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 厳島戦記(三十三) 秋風渡海の巻
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                       第六部「龍虎攻防戦」




 天文二十四年(1555)九月二十一日。

 陶晴賢率いる二万人の大内軍本隊は、
 毛利軍が急造した宮尾城を落とすべく、
 周防岩国(=山口県岩国市)から厳島へと渡った。

 大軍を乗せた軍船は五百艘とも六百艘とも言われ、
 その威容たるや瀬戸内海史上類を見ない大船団であった。
 

 大内軍の中でただ一人、
 厳島進軍に対して慎重論を唱えていた弘中隆包は、
 評定衆の不和を増大させる恐れを懸念され、
 留守居役としてそのまま岩国に残されることとなった。

 陶晴賢の軍勢が宮尾城を落として厳島を制圧次第、
 再び本土にて合流する手筈となっていた。


 翌朝、岩国の亀尾城から瀬戸内海を眺めていた弘中隆包は、
 ある一つの結論を導き出し、決意を胸にする――――。



 「あれ、どうしたんだ兄上。酒なんか用意して。
  それに義姉上まで」

 亀尾城の広間に呼び出されて来た弘中方明は、
 兄・隆包の前に用意された膳と、
 脇に控える隆包の妻・お紺を見て首を傾げた。
 
 いつもは執務や評定に使われ人の出入りの多い広間には、
 隆包と方明、それに隆包の妻である紺だけがいた。


 「あ、もしかして、晴賢殿の失策の祈願か何かか?」

 「そういうことを言うな。さあ」


 兄の正面に座った方明は、兄から徳利の注ぎ口を向けられ、
 盃を手にしてその酒を受けた。

  
 弘中方明には、不満が大きく募っていた。

 先の軍議で、発言権こそはないものの、
 弘中隆包の付き人としてその背後で控えていた方明は、
 兄が一人、批難の集中砲火を浴びる様子を目の当たりにした。

 そして隆包の静止も聞かず、陶晴賢ら大内本軍は渡海した。

 普段の明察通り、弘中隆包の読みが確実に正しければ、
 陶晴賢らは厳島にて毛利元就に殲滅させられることになる。

 方明はそのことに対して、どこか小気味良さを感じていた。
 大内家に大きく貢献してきた隆包を臆病呼ばわりし、
 ないがしろにした連中を、味方と言えども許せなかったのである。

 毛利元就の策略を深くまで見抜きながら、
 その進言が理解されなかった弘中隆包の無念はいかばかりか。
 方明は兄の心を思うと、胸が痛んだ。


 そんな弟に、弘中隆包は重大な決意を告げた。


 「方明」

 「うん」

 「私は明日、大内本隊を追って厳島へと渡る」

 「……、は!?」


 方明は、驚きのあまり盃を手から落としそうになった。
 紺も夫の発言に、固唾を呑む。


 「な、何言ってんだ……。何を言ってんだ、兄上……!」

 「明朝、私は厳島へ向かう」

 「は?」

 「恐らく、陶殿は宮尾城を落とすことはできないだろう。
  私の手勢は三百人程度しかここに残っていないが、
  そのうち二百を引き連れて、厳島に加勢しに参る」

 「……馬鹿を言うなよ。本気なのか」

 「無論」


 兄の発言に、方明は唖然とした。
 その瞳を見ると、冗談を言っているようには見えない。
 しかし、何かの間違いにしか聞こえない。

 戸惑いながら、方明は兄に詰め寄る。


 「宮尾城は囮だから、厳島に上陸すれば、
  毛利軍の奇襲を受けて必ず殲滅させられてしまう、
  兄上は軍議でそう主張していたじゃないか」

 「ああ」

 「なぜその死地に、自ら向かおうとしてるんだよ。
  兄上がたった二百の部隊で加勢すれば
  戦況は好転するって言うのかよ」

 「いや、大内軍は必ず大敗するだろう」

 「だったらなぜ! 死にに行くようなものじゃないか。
  なぜ、兄上が死にに行かなければならないんだ」

 「それは、私が大内家に身を捧げている家臣だからだ」

 「……理由になっていない!」

 「方明。そして紺も、よく聞くがいい。
  私は明日、隆佐(たかすけ)も連れて厳島に向かう」

 「……なっ。馬鹿を言うな!!」


 感情を極力抑えようとしていた方明だが、
 手にした盃を膳に叩き置き、焦った様子で声を張る。


 「隆佐は……隆佐は、まだ十二歳ではないかっ……!!
  年端も行かぬ嫡男までも、なぜ地獄に連れて行かねばならない?
  それに、亀太郎だって産まれたばかりじゃないか。
  父の顔も覚えぬ年の幼子を残して、死ねるって言うのかっ!」


 弘中隆包には、弘中隆佐という嫡男がいた。

 十年以上前、出雲国(=島根県)の月山富田城への遠征した際、
 弘中隆包の長男・吉尚丸は幼くして病死した。

 この時の君主である大内義隆は、吉尚丸の死を不憫に思い、
 自らの名の一字を取って、吉尚丸に佐渡守隆泰の諡を与えた。

 その直後に弘中隆包は大内義隆から安芸国守護代の任を授かるが、
 その後、待望の次男が産まれた。これがその隆佐である。
 長男の隆泰の早逝により、隆佐が弘中家嫡男となった。

 大寧寺の変が起きてからは大内家の政情も慌ただしくなり、
 隆佐は早めの元服式を迎えることとなった。
 元服した隆佐が授かった官命は、中務少輔である。

 さらに、隆包と紺の間にはその後も男児と女児に産まれ、
 つい最近産まれたばかりの男児には、
 この亀尾城の一字を取って、亀太郎という幼名を名付けた。


 方明は、そんな子供たちを不幸にする兄の考えに反対した。

 既に元服は済ませているとは言え、
 まだ十二歳の少年である隆佐を必敗の地へと導き、
 さらにまだ乳飲み子の亀太郎を残して死へと向かうのは
 言語道断であると、弘中方明は兄に食ってかかった。


 だが、弘中隆包は冷静な表情で語る。


 「方明。我らが亡き父上から、
  嫡男の役割を教わったことを覚えているか」

 「あ、ああ……。俺が元服した時だ」

 「そうだ。その時に父上は、
  嫡男の役割とは主家を守ることだと言ったな」

 「……言った」

 「弘中家の嫡男は代々、大内家にその身を捧げてきた。
  現当主の私も、嫡男の隆佐も、もちろん同じことだ」

 「……」

 「大内軍は今、絶体絶命の死地へと向かっている。
  それが分かっていて、対岸で傍観して戦果を待っていることが、
  果たして主家への務めと言えようか」

 「し、しかし……」


 慌てて反論をしようとする弟を、
 隆包は言葉を先んじて制する。


 「たとえ敗北が分かっていたとしても、
  わずかな可能性を作るために全力で立ち向かうことこそ、
  臣下の役割というものだ」

 「……いや、死んでしまっては同じことではないか。
  生き延びて再起を図るほうが賢明なはずだ」

 「厳島で大内本隊を救える見込みは、ほとんどない。
  だが、本隊が厳島で滅んだ後に大内が逆転を図れる望みは、
  それよりももっと小さいのだ。
  大内を救うのが本望なら、今こそ全力で当たるべきなのだ」

 「だが、兄上も隆佐も死んでしまえば、全て終わりではないか!」

 「ああ。そうなれば、弘中の嫡流はここに終わる。
  だが方明、おまえがいる」

 「……!」


 方明は、言葉に詰まった。

 兄の命の灯火を絶やさぬように必死になっていたが、
 兄は方明の命の方向を向いているように感じたからである。
 
 隆包は続ける。


 「父上は、嫡男の役割は主家を守ることと仰ったが、
  嫡男以外の男子の役割は本家を守ること、とも仰った」

 「ああ……」

 「この戦いで、大内家は毛利に滅ぼされることになるだろう。
  そして、大内家に仕えてきた弘中家嫡流も、ここに終わる。
  だが、おまえが弘中家を作っていける」

 「……」

 「大内家臣下としての弘中家は、大内家の滅亡と共に滅び行く。
  だが、おまえがまた新たな弘中家の系譜を作るのだ。
  大内の家臣としての立場に縛られない、新たな家の系譜をな」

 「兄上……。次男の俺が、そんなこと……」

 「陶晴賢殿も、陶興房殿の次男。
  毛利元就殿も、毛利弘元殿の次男だ。
  だからどちらも、それぞれの家系の発展を目指して、
  厳島で対決を迎えようとしているではないか。
  長男には長男の、次男には次男の、責任と使命がある。
  おまえには、おまえの道の先を見つめてほしいのだ」
  

 兄の言葉に、弘中方明は拳を強く握りしめた。
 その拳は膝の上でガタガタと震え、瞳には涙がにじむ。


 「ここまで粉骨砕身して世に尽くしてきた兄上が……
  こんなことで……、こんなことで命を落とすなんて……。
  こんな事態になったのは、兄上には全く責任のないことなのに……」

 「それは違うぞ、方明」

 「……」

 「安芸国の意識を一つにまとめられなかったのは、私の失敗。
  追い詰められた先主義隆公をお救いできなかったのも、私の失敗。
  この度の陶殿の渡海を止められなかったのも、私の失敗だ。
  全ては、この私の失敗の積み重ねが招いたことだ」

 「兄上は、一つも失敗などしていない……!」

 「事態が悪化したということが、その証となろう。
  最終的に私には、残せた成功などなかったのだ」

 「……違う!」


 弘中方明は、睨むように兄を見つめた。

 その両目からは、涙があふれ出し頬を伝っていく。
 明るい方明が、初めて兄に見せる涙だった。


 「兄上だって……、本当は分かっているんだろう?
  俺たちの本当の敵は、毛利元就ではないってことを……」

 「……言うな、方明。
  それを言うならば、俺はおまえを斬らねばならなくなる」

 「兄上……」

 「私は、大内家臣としての信義を最後まで全うするのだ。
  武士として、当然の務めを果たすまでだ。止めるな」

 「……」
 

 隆包の覚悟は、固かった。
 もはや隆包の決意を止めることなど、誰にもできない。

 しばらく押し黙ってしまった方明は、
 自分に今できることは何かを懸命に考えた。

 何としてでも、兄を救いたい。
 その一心であった。
 

 「……厳島の西方には大江浦という岸がある。
  俺はそこに舟をつけて、兄上を待とう。
  もし本当に毛利の奇襲で危機に陥った時は、
  大江浦まで逃げ延びてくれ。俺が、兄上を救う」

 「ならん!」

 「……!」


 隆包の一喝が、再び方明の動きを止めた。


 「方明、おまえは厳島には絶対に来てはならない。
  この岩国に留まるのだ。これは当主としての命令だ。
  逆らうならば、俺はおまえをここで斬る」

 「兄上……、なぜ……」


 弘中方明は、泣きじゃくった。
 ガクリと肩を落とし、止めどなくあふれる涙に濡れた。

 まるで子供のようにむせび泣く方明に、
 隆包は優しく声をかけた。


 「泣くな、方明。私よりも、おまえのほうが、
  これからの世の中に必要とされる人間だ」

 「……そんなわけないだろ。
  兄上がいなくなれば、俺は……」

 「今の元就殿が強いのは、安芸国が豊かだからだ。
  それは、おまえの商才と軍才が、
  安芸の守護代だった私を助けてくれたからではないか。
  商人や村上水軍らとの交渉をまとめたのも、全て方明の成功。
  安芸と岩国の海軍の軍備をまとめたのも、全て方明の成功だ。
  私がいなくとも、おまえはその力を発揮していける」

 「……」

 「今までよく、この愚かな兄についてきてくれた。
  礼を言うぞ、方明。
  これが、私からの最後の命令になるだろう」

 「兄上……」

 「毛利も、陶も、恨んではならぬ。
  これからは、己の信じる道を行け―――――」


 弘中隆包は、最後の命令を弟に託した。

 方明には、目の前に座っている兄が
 ずっと遠くに離れているような感覚にとらわれた。

 だが、涙でにじむ方明の視界の中でも、
 隆包の目に迷いがないことは一瞬で感じ取れた。

 方明はやるせない気持ちで、うつむいた。
 その床には、涙の池が溜まっていく。


 悲運の兄弟たちの会話を、
 黙って耐えながら傍で聞いていた妻の紺に、
 弘中隆包は声をかけた。


 「すまぬ、お紺。
  今生の別れとなるであろう」

 「……あなた様の決めた道でございます。
  私は黙って見送るだけにございます。
  立派なお務めを果たされるよう、ご武運をお祈り致します」

 「ああ」

 「幸せな日々でございました」

 「私もだ」


 隆包はそっと、盃を差し出した。

 膝を進めた紺はその盃を受け取る。
 紺が微笑むその頬に、ひと筋の涙が流れた。

 隆包も笑顔を返しながら、妻の盃に酒を注ぐのだった。


 心地よい秋風が舞う、岩国亀尾城。

 弘中隆包とその妻、そして弘中方明の三人は、
 心ゆくまで酒を酌み交わした。

 それは、諸国との歴戦の日々、内政の激務の日々であった
 この十五年間という年月の中で、ほんの一瞬の時間である。

 決して歴史書にも残らないこの一瞬を、
 三人は思い残すことのないほどに幸せに過ごしたのであった。

 二度と戻ることのない、この一瞬の時を―――――。


 瀬戸内海の方角へと吹き抜けていく秋風はやがて、
 夜がふけると共に穏やかに消えていった。


 
 九月二十三日、未明。

 弘中三河守隆包は、嫡男の弘中隆佐を連れ、
 わずか二百人の兵を舟に乗せ、厳島へ向けて岩国を出航した。

 陶晴賢率いる大内本隊とは、二日遅れの出航であった。


 残された弘中河内守方明とわずかな守備兵たちは、
 将旗の翻る軍船に向けた拳包の礼の姿勢で、岩国の浜に並んだ。

 皆、隆包の決意に心を打たれて、涙を流している。

 そんな中、昨夜のうちに涙の枯れ果てた弘中方明の眼には、
 これまでに見せたことのない眼光が生まれていた。

 
 毛利元就が十重二十重に仕掛けた、大内軍殲滅の罠。

 弘中隆包はその地獄の舞台へと、船首を向ける。

 その地獄の幕開けは、すぐ目前に迫っていた―――――。



 (第七部へつづく)



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  『厳島戦記』武将列伝 [三十三]
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 ■弘中隆佐 (ひろなかたかすけ)

 大内家家臣。官名は中務少輔(なかつかさのしょう)。安芸国
 (=広島県)守護代・弘中隆包の子として生まれ、新生大内家の
 復権の混乱の最中に若くして元服した直後、弘中家嫡男の運命を
 背負って、父・隆包と共に厳島へと渡海し、毛利軍と対決する。
| 『厳島戦記』 | 02:01 | comments(0) | trackbacks(0) |









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