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Timestageのメンバーが、歴史にまつわる雑談を気まぐれに語っていくブログ。
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厳島戦記(三十一) 村上水軍の巻


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 厳島戦記(三十一) 村上水軍の巻
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                       第六部「龍虎攻防戦」




 波の穏やかな瀬戸内の海に、
 険しい岩壁に囲まれた島が見えてきた。

 伊予国(愛媛県)の沖に浮かぶ、能島(のしま)である。
 まさに天険の要害であった。

 その能島に、一艘の小さな舟が向かう。
 
 その小舟に乗っているのは、弘中河内守方明。
 他には舵役として小山弥右エ門だけを連れている。
 
 弥右エ門の漕ぐ船に揺られながら、
 弘中方明はただ真剣な眼で、能島を見つめている。

 その脳裏には、数日前の出来事がよぎっていた――――。

 

 「残念だが、村上水軍は隆包殿には味方はしないであろう。
  こればかりは、わしの力では何ともできぬ」

 「……くそっ」


 弘中方明は、右手の拳を机に叩きつけた。

 方明と対面するのは、安芸国(=広島県)祇園の大商人、
 堀立直正(ほたてなおまさ)だった。

 弘中方明の妻の父でもある。

 堀立直正は娘と方明の婚姻が縁で、
 安芸国守護代時代から弘中隆包を経済面で大きく支えてきた。

 そして、瀬戸内圏内に勢力を張る村上水軍たちを
 弘中隆包に引き合わせたのも、この堀立直正であった。

 しかし、大内政権を動かす陶晴賢の政策に不服とする村上水軍は、
 いかに恩のある弘中三河守隆包と言えども、
 陶晴賢に合力したからには協力できぬ、と
 堀立直正に漏らしたという。

 それが村上氏から兄隆包に直接伝えられていないことが、
 弘中方明には腹立たしかった。


 「義父上、今すぐ能島の村上武吉に引き合わせてくれ」

 「武吉殿に……」

 「今すぐだ。今すぐでなければ、兄上は死んでしまう。
  義父上も、兄上にどれだけの恩を受けているか分かってるだろ」

 「それはそうだが……」

 「頼む、義父上っ!」



 瀬戸内海の芸予諸島に勢力を持つ村上水軍は主に、
 村上武吉率いる能島村上氏、村上吉充率いる因島村上氏、
 村上通康率いる来島村上氏の三氏があった。

 もともとは同族であるこの三氏をまとめて三島村上水軍とも呼ぶ。
 
 その三氏の中でも能島村上氏は筆頭格にあるが、
 当主である村上武吉はまだ二十歳前後の青年である。

 武吉の若き家督相続には、同族内で壮烈な血の争いがあったが、
 弘中隆包の大きな助力もあり、武吉は当主の座に就くことができた。

 そんな村上水軍が、三氏そろって陶晴賢についた弘中隆包を見限り、
 敵対する毛利元就へと協力しようとしている。

 弘中隆包の弟・方明はそんな村上水軍の心が許せず、
 堀立直正に無理して仲介を頼み、
 漕ぎ手の小山弥右エ門のみを一人連れて、
 能島(=愛媛県今治市)へと向かったのであった。

 

 方明が数日前の堀立直正との面会までのことを
 思い出しているうちに、舟は能島の岸に着いた。

 弥右エ門を舟に残し、弘中方明はただ一人、
 能島の岩上に築かれた能島城へと乗り込む。


 伊予の大島と鵜島に挟まれた急流に浮かぶ能島は
 三方を断崖とする天然の要害であり、
 そこに築かれた能島城は、能島村上氏の本拠地となっていた。

 能島全体が城塞化されており、曲輪が複雑に入り組んでいた。
 そしてその中に、砦の役目を果たす能島城が築かれている。

 流木を活用して比較的簡素に作られた能島城に入った弘中方明は、
 かつて見慣れた二人の将に偶然出くわし、足を止めた。


 「……か、方明殿ではありませんか」

 「……隆景殿か」


 その相手は、毛利元就の三男である小早川隆景と、
 その配下の将・乃美宗勝であった。

 二人はかつて弘中方明と共に芸備を計略しながら、
 方明から水軍の兵法を学び取った若き将であり、
 今ではもちろん、敵対する相手である。

 小早川隆景たちの姿を村上水軍の居城で目にしたことで、
 弘中方明は兄・隆包の予測が間違いないことを確信した。

 毛利は陸戦ではなく、内海で勝敗を決しようとしていると。


 小早川隆景は一瞬驚いた表情をしたものの、
 いつもの穏やかな表情のまま、かつての戦友と言葉を交わす。


 「まさか方明殿とこんなところでお会いするとは」

 「ほんと、奇遇だな。村上水軍を抱き込みに来ていたのか」

 「ええ。毛利も必死でしてね」

 「そうか、能島の村上は毛利に味方するのか」

 「いや、先ほど武吉殿に会って協力を要請したのですが、
  武吉殿はまだどこか迷って見えます。
  やっぱり隆包殿から受けた多大な恩を感じてるのでしょう。
  さすが隆包殿です。その仁徳が我らの戦略を阻みますね」


 敵同士ではあるが、弘中方明も小早川隆景も
 刀を抜く気配すらない。
 それどころか、お互いの手の内まで話している。

 隆景の背後に控える乃美宗勝は、
 何かあれば抜刀して弘中方明に斬りかかるつもりであったが、
 敵対しているはずの二人は、
 どこか笑い合っているようにも見えた。

 芸備攻略で戦線を共にした二人には、
 何か大きく心に通じ合うものがあるのだろう。


 「まだまだ方明殿には、水軍の法をたくさん学びたかった」

 「今の俺は、率いる水軍もない、ただの一武士に過ぎない。
  この戦が終わったら、逆に俺が隆景殿から教わるだろう」

 「ご冗談を。ではこの戦、早く決着がつくように祈りますか」

 「そうだな」


 弘中方明と小早川隆景は、小さくうなずき合って別れた。

 これからの決戦、敵味方に別れて争わなければならない、
 戦国の世の運命の不思議さを改めて実感する二人であった。


 
 能島村上水軍の当主・村上武吉が上座に座る広間には、
 他にも部下の海賊たちがひしめき合っていた。

 その殺気立った雰囲気の中、
 弘中方明は単身広間の中央へと入っていき、
 武吉の前に平然と腰を下ろした。

 潮の香りと波の音が、広間を駆け抜ける。

 
 「方明殿。久しいな」

 「元気そうだな、武吉」


 若き当主、村上武吉は久しぶりの来訪者に笑顔を見せる。
 家督継承争いの際、また商的交渉の際、
 安芸国守護代・弘中隆包の窓口となっていたのが方明であり、
 武吉は方明と共に能島村上家の将来設計を語り合ったものである。

 堅苦しい周防山口の貴族気取りの武士たちとは違い、
 弘中方明は海の男の気質らしい明朗な性格だったので、
 武吉とは妙に馬が合った。


 「堀立直正殿から直接依頼があったんで会うことにしたが、
  どうされた。陶晴賢の使いで来られたのか」

 「陶は関係ない。俺は俺で、聞きたいことがあって来た」

 「我らが能島村上が、弘中殿を裏切るかどうか、だろ?」

 「裏切るかどうかではない。どうせ裏切ろうとしているだろう。
  だから、聞きに来たのだ」

 「何?」

 
 弘中隆包から何かしらの使いは来ると思っていたが、
 方明の意外な言葉に、村上武吉の表情が曇る。
 

 「一体、何を聞こうと言うんだ」

 「おまえら海賊どもが、信義をどのように思っているのかってな」

 「信義……か」


 方明は、武吉の眼を見つめたまま視線を全く動かさない。
 村上武吉は一呼吸おいてから、再び口を開く。


 「隆包殿には、何の恨みも辛みもない。
  むしろ今の村上水軍があるのは隆包殿のおかげと言っていい。
  だが、俺たちは陶晴賢に味方するわけにはいかないのだ」

 「陶殿が瀬戸内の商慣習に無茶な手を入れたのは知っている。
  だから、弘中も捨てて、毛利に組するというわけか」

 「……いいだろう。方明殿だから、正直に話そう。
  今、陶晴賢からも毛利元就からも、双方から書状が来ている」

 「先ほどそこで小早川隆景殿に会ったが、
  その書状を携えて来たんだな」

 「そうだ。毛利元就は、我らに何と言ってきていると思うか?」

 「協力して大内軍を破ったあかつきには、以前に廃止された
  警固料の徴収を村上氏に認めるとか、そういうことだろ」

 「ああ。だが、それだけではない。
  『一日だけ加勢してほしい』と言ってきているのだ。
  協力はたった一日でいい、とある」

 「……」

 「それに比べて、陶晴賢からの依頼はどうだ。
  大内軍に服従し、物資の提供まで迫ってきているのだ。
  陶は今よりもさらに我らを押さえつけようとしている。
  我らは、大恩ある隆包殿には弓を引くつもりは毛頭ない。
  だから、たった一日程度の加勢であれば、
  さほど隆包殿への信義に反することもあるまい」

 「……本当にただの泥棒に成り下がったか、村上水軍は」

 「あ…?」


 村上武吉の片方の眉が吊り上った。
 そして、周囲に座る能島村上の海賊どもも
 聞き捨てならないとばかりに、一斉に弘中方明を睨みつける。

 だが、全くひるむ様子もなく、逆に方明は大声を放つ。


 「今、従来の警固料無くとも生きていられるのは誰のおかげだ?
  我が兄・弘中隆包が、不正で不透明な権利は取り上げたけれど、
  その代わりに造船の技術や武具製造の技術を一から教え、
  その製品を毛利ら安芸の国人に販売できる流通を整え、
  商人として生きていけるよう育ててやったからではないか」

 「……」

 「その恩恵はそのままありがたく有しておきながら、
  警固料のような目先の利益をぶら下げられたら飛びつく。
  一日だけの裏切りなら信義には反しないだと?
  海賊どもの信義というのは、案外薄っぺらいもんだな!」


 方明の怒号を聞いて、「何を!」「言葉が過ぎるぞ!」と、
 周囲の海賊たちが刀の柄に手をかけて次々と立ち上がった。
 当主の村上武吉は、片手をあげて彼らを制する。

 殺気立つ海賊たちに囲まれながらも、
 方明の怒りは止まらなかった。
    

 「武吉。おまえの家督相続争いの時におまえを支えたのは、
  確かに小早川隆景殿、乃美宗勝殿たち毛利水軍だ。
  だが、それを毛利に指示していたのは誰だと思っているんだ。
  安芸国守護代だった、弘中三河守隆包ではないか」

 「……」

 「もともと村上水軍に警固料を認めていたのは大内家だった。
  そして警固料が無くても多くの生業を与えたのも
  大内家の弘中三河守だ。おまえらは大内に守られてきたのだ。
  その大内に、よく弓が引けるものだな」

 「け、けど……」

 「そもそも、瀬戸内にのさばるおまえら村上水軍を
  あの家督相続の混乱の中で潰そうと思えば、
  俺が指揮する岩国水軍でいくらでも潰せたのだ。武吉。
  それを、長年おまえらの海賊行為に悩まされたはずの兄は、
  瀬戸内の商圏を支えられる真っ当な商人として見込んで育てた。
  そんな兄を、おまえは一日でも敵に回せると言うんだな」

 「……」

 「俺が聞きたかったのは、おまえら海賊どもの心の奥底の信義だ。
  よく分かった。おまえらはただの下衆な海賊だったってな」

 「方明殿……」


 若干うろたえている村上武吉を前に、弘中方明は立ち上がる。

 周囲の海賊衆は警戒して刀の柄を握った手に力を込めるが、
 方明は武吉に攻撃を加えるわけでもなく、
 懐から一通の書状を取り出して、武吉の眼前に差し出した。

  
 「これは、我が兄から預かった、おまえ宛の書状だ。
  俺は中身は知らん」

 「これを、隆包殿が……」


 村上武吉は、弘中方明から書状を受け取った。

 武吉は後ろめたい気持ちで、その書状を開いて目を通す。
 そして、その内容を読み進めながら目を見開いた。


 「こ、これは……」

 「なんだ。兄上も、おまえらを不義の海賊と見下げ果てていたか」

 「いや……違う。隆包殿は……」


 村上武吉は、震える手でその書状を方明に見せた。

 方明は奪うようにつかんで、兄の書状を読み進めていった。
 そして、その内容に唖然とする。


 そこに書かれていたのは、
 今回の村上水軍の裏切りを非難する内容でも、
 また大内軍に助力を乞う内容でもなかった。

 もし村上水軍が毛利軍の傘下に収まった時に、
 戦力の提供の仕方、
 またその際の資金源の作り方の工夫などが
 詳細に書き込まれていたのである。

 弘中隆包は、いかなる状況にあっても今後の村上水軍が、
 海賊行為に及ぶことなく誇りある武力の行使を行ない、
 その資金の調達においても真っ当な商取引を行なえるようにと、
 この戦況の中にあっても気を配っていたのであった。

 
 兄のあまりのお人よしぶりに、弘中方明は溜め息をついた。

 この村上水軍の離反で、自分は命を落とすかもしれないという時に、
 瀬戸内の経済圏の将来の発展を気にしていたのである。


 弘中方明は呼吸を整えると、兄の書状を静かに床に置いて、
 踵を返して部屋を出ようとした。

 後方に座る海賊たちが、無言のまま道を開けていく。

 村上武吉が何か言葉を賭けようとした時に、
 方明は足を止めて、半ば振り向きながら武吉に行った。
 

 「好きにしろ、武吉。おまえは能島村上家の当主だ。
  村上水軍の今後にとって最も良い道を選べばいい」

 「方明殿……」

 「ただ一つだけ、俺から望みを言ってもいいか」

 「……ああ」

 「毛利への義もあるだろう。
  兄も大内への加勢を願ってないし、味方しろとも言ってない。
  一日の加勢も、別に構わない。
  だが、参戦はしても手出しはしてくれるな」

 「……」

 「弘中隆包に一矢でも放ったら、俺は全身全霊を賭けて、
  不義のおまえを誅殺するだろう」

 「……」

 「賊になり下がるな。誇り高き海の男になれ。武吉」


 方明は、武吉の目に訴えると、
 海賊たちをの間を抜けて、静かに部屋を出て行った。

 村上武吉は、弘中隆包の書状に再び目を落とした。
 そして目を強くつむりながら、その書状を握りしめる。



 ――――これより三十年以上の後の話になるが、
 天下を手中に収めるほどの権力を手にする豊臣秀吉が
 天正十六年(1588)に「海賊停止令」を発布し、
 各地の水軍たちは従来の海賊行為を禁止されることになる。

 だが、弘中隆包が村上武吉に送った書状の中には、
 村上水軍が海賊行為を放棄した後に
 どのように生きていくべきかが既に指示されていた。

 その書状の内容が影響したかどうかは定かではないが、
 能島村上氏は海賊停止令が発布された後も、
 毛利長州藩の家臣として生き続けることとなる。



 毛利元就の諜略が村上水軍にまで及び、
 大内軍と毛利軍の決戦はもはや避けられないものとなった。

 西国の勢力図を大きく塗り替えることになる
 一大決戦「厳島の戦い」まで、
 残すところわずか五ヶ月。

 龍虎の激闘は、今そこまで迫っていた――――。


 (つづく)



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  『厳島戦記』武将列伝 [三十一]
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 ■村上武吉 (むらかみたけよし)

 瀬戸内海に威を振るった村上水軍の頭領。大内氏、毛利氏の助力で
 家督争いに勝ち、若くして能島村上氏の当主の座に就き、村上三氏の
 筆頭格となる。厳島の戦いの後もその海軍力を発展させていったが、
 豊臣秀吉の海賊停止令の後、毛利家の家臣として命脈を保つ。
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