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Timestageのメンバーが、歴史にまつわる雑談を気まぐれに語っていくブログ。
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厳島戦記(二十九) 江良誅殺の巻


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 厳島戦記(二十九) 江良誅殺の巻
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                       第六部「龍虎攻防戦」





 周防岩国(=山口県岩国市)の琥珀院(こはくいん)は、
 弘中隆包の居城・亀尾城から
 西にやや歩いた場所に建てられた寺院である。

 大内軍随一の武勇と名高い猛将・江良房栄は、
 安芸国(=広島県)からの毛利軍の侵攻に備えて、
 陶晴賢から預かった数千の兵を率いて岩国に入り、
 その琥珀院に本陣を構えていた。

 大寧寺の変の後、九州宗像の平定、三本松城攻略と転戦し、
 しばらくは所領の岩国へ戻ることのできなかった弘中隆包は、
 弟の弘中方明と共に久方ぶりに亀尾城に帰ったが、
 その後すぐに、江良房栄の駐屯する琥珀院へと向かった。

 陶晴賢から預かった太刀を手に――――。



 「これは弘中殿」


 房栄は弘中隆包を正門まで出迎えた。

 弘中隆包は大内家の評定衆で奉行人筆頭。
 対する房栄は陶晴賢の家臣という立場ではあるが、
 これまで二将は、出雲遠征や芸備攻略などで
 長らく共に戦場を駆った戦友である。

 弘中隆包はこれまで
 陪臣である江良房栄とは身分関係なく接していたが、
 今日は陶晴賢の遣いとしての対面であるため、
 序列の順に従い、隆包が上座へと腰を下ろす。

 隆包の正面に房栄が座り、
 そのずっと後方に弘中方明が静かに座った。


 弘中隆包は一呼吸置くと、左手に持った太刀を
 鞘ごと江良房栄の前に差し出した。


 「これは、陶晴賢殿から預かった太刀だ」

 「晴賢様の」

 「江良殿。主の太刀に誓って、これから嘘偽りを申さぬよう」

 「何と。俺は嘘などつかぬ」


 江良房栄は、思わぬ隆包の発言に多少驚きながらも、
 全く身にやましいことがないため、しっかりと答えた。
 
 房栄に二心がないことは、隆包もよく分かっている。
 

 「ならば聞こう。江良殿、おぬし、
  安芸の毛利元就から内応の誘いを受けているな」

 「元就から……?」

 「隠すことはない。この隆包にも来たからな」

 「弘中殿にもか。その通り、いつぞや書状は来た」

 「そうか。どうされた、それを」

 「大内を裏切って毛利へ寝返れば三百貫は用意するとあったので、
  ふざけるなと、すぐさま返してやったわ」

 「……ぬかったな。江良殿」


 弘中隆包は溜め息が混じったような声で言った。 
 江良房栄には、隆包の言っている意味が解らない。


 「何がだ」

 「何ゆえ、それを主君である陶殿に知らせなかったのだ。
  なぜ独断で毛利へ書状を返すようなことをしたのだ」

 「何を言う。これしきのこと、なぜいちいち報告が要るか」

 「これしきのこと? 
  そのこれしきのことが、今どうなっているのか知っているか」

 「どういうことだ?」

 「江良殿は毛利の三百貫での報酬に対し、さらに上乗せを要求した。
  陶殿の耳には、そのように入っているぞ」

 「……何だと!?」

 「その証拠が、この太刀だ」


 弘中隆包が、目の前に横たわらせた陶晴賢の太刀を指した。

 江良房栄は主君の太刀に視線を下ろすと、目尻を怒りで震わせた。
 確かに、隆包が持参したのは陶晴賢愛用の太刀そのものである。

 いきなり目の前に突き付けられた現実に多少混乱した江良房栄は、
 一つの理由に思い当たる。

 
 「そうか……。慶安だな? 天野慶安の讒言であろう」

 「……ああ」

 「晴賢様が天野慶安を間者として毛利陣内に忍び込ませた
  ということは、俺も晴賢様から知らされている」

 「恐らく元就殿の諜略に乗せられたのだろうな
  きっと偽の情報をつかまされ、それを陶殿に報告したのだ」

 「それで、俺が疑われていると言うのか」

 「そうだ」
  
 「慶安には武もなく、ただ弁が立つだけの口先男ではないか…。
  晴賢様は、俺よりもそんなクズの言を信用なさるのか…。
  慶安の野郎、この手でぶっ殺す……」


 江良房栄の左手が、無意識に自らの大太刀の柄へと伸びた。
 天野慶安の顔が脳裏に浮かび、視線は宙を浮いている。

 怒りに沸騰する江良房栄に、弘中隆包の厳しい言葉が飛んだ。


 「原因は天野慶安ではない。江良殿、おぬしにあるぞ」

 「……何ィ?」

 「おぬしはただの一将ではない。東方守備の大将となったのだ。
  前線の大将の責任は、只ならぬ重きものだ。
  たった一つの緊張の緩みが、大きな歪みを生んでしまう。
  たとえおぬしに二心無しとしても、主君への報告なく
  独自に内応の書面を敵方とやり取りしたのは軽率と言えよう。
  これを教訓にし、今後は気を引き締めていこうではないか」

 「三河守……」


 江良房栄はなおも強く歯を軋った。
 怒りは止まらず、とうとう大きな怒号が向けられた。


 「随分と高尚な講釈をのたまうが、そもそもこの房栄が
  毛利ごときの防衛を任じられることになったのは、誰のせいだ。
  てめえのせいじゃねえか、三河守!」

 「何?」

 「てめえが毛利元就に策を吹き込んで出雲の尼子を封じたせいで、
  元就が調子に乗って大内に全力で刃向ってきてるんだろうが!
  てめえの要らぬ策さえなければ、今ごろ背後に怯える毛利を叩き、
  出雲まで攻め込んで尼子を全滅させている頃だわ!」

 「いいだろう。おぬしの今の境遇を生み出したのが、
  誠にこの隆包の非であると思うならば、
  この私を今すぐ斬って構わない。斬ってみろ」

 「……言ったな、隆包」


 江良房栄は大太刀を鞘から抜きながら、ゆっくりと立ち上がる。
 微動だにしない隆包を見下ろし、房栄は咆えた。


 「てめえとは、一度やりあわなければと思っておったわ。
  大内義隆公の恩を笠に着て、大内軍下一の将のような顔をする。
  てめえのような奴がいるから、毛利などがつけあがるのだ。
  大内軍の中でどちらが最も優れた将か、決着をつけてやる」

 「この隆包、おぬしの主君・陶晴賢殿から信頼を預かっているぞ。
  斬れる覚悟があるならば、その陶殿の太刀を越えて来い」

 「この武を疑い、慶安ごとき小者の言を信用するなど、
  陶晴賢もいよいよ終わりよ。我が主でも何でもないわ!」


 江良房栄は、眼下に置かれた陶晴賢の太刀を、
 容赦なく横へと蹴り払った。

 晴賢の太刀は虚しい音を立てながら、琥珀院の床を転がっていく。


 「てめえの首級を持って毛利軍へ降り、そのまま山口に攻め上って
  陶も慶安も全て叩き潰し、そしてそのうち毛利も崩してやる」

 「それが本性か、江良殿」

 「てめえが産んだ本性よ。こうなったら、我が道をゆくまでだ」

 「残念だ……」

 「死ねえ、弘中ッ――――!!」


 常人が両手でも持ち上げられないほどの大きさの大太刀を、
 江良房栄は右手一本で頭上へと振り上げた。

 微動だにせず座したままの弘中隆包に、
 その大太刀が振り下ろされようとしたその時――――。



 肉を切り裂く音と共に、
 江良房栄の左胸から一本の槍先が飛び出した。

 槍の刃先からは房栄の血肉が滴り落ちる。

 「……!」

 大きな衝撃を全身に受けた江良房栄は、
 目を大きく見開いたまま、ギロリと後ろに目をやった。


 その長槍を握るのは、後方に控えていた弘中方明であった。

 兄の危機を眼前にして、江良房栄の背後から
 的確に心臓を長槍で刺し貫いたのである


 琥珀院の時が、一瞬止まった。

 だが、その静寂は突然に打ち割かれる。


 心臓を貫かれ、口からも血の泡を吹き出す巨体の江良房栄が、
 振り上げて止まったままの大太刀を
 突然背後へと振り下ろしながら転身したのである。

 弘中方明が両手でつかんでいた長槍の柄が瞬時に破壊される。
 方明は反射的に手を引き、大太刀の餌食になるのを免れた。

 しかし江良房栄の攻撃はそこで止まなかった。
 さらに大太刀の先が弘中方明の首筋を狙う。

 方明はとっさに折れた槍の柄でその一撃を払った。

 横へと跳躍し、危機一髪でその刃先から逃れ、
 肩から床へ身を転がしながら素早く立ち上がる。

 その手には既に懐剣が抜かれてある。
 懐剣を構えながら、方明は冷たい汗を身体に感じていた。 


 (江良……、化け物か……)

 目の前には、心臓を長槍に貫かれて鮮血を吹き出しながらも、 
 血走った眼をにらませて立っている江良房栄がいる。

 もはやその姿は、人間ではなかった。
 全身を血に染め毛髪を逆立てた、冥府の鬼を思わせる姿である。

 まるで傷が気にならないかのように、心臓に刺さる槍先を抜き取り、
 床に投げ捨てながら、江良房栄は弘中方明に近づいていく。


 「そうか……。その身のこなし…。
  山口の策彦周良の館に踏み込んだ時に、
  俺の太刀を受けて逃げて行った不審な黒頭巾の奴がいたが、
  あれはてめえだったんな……、河内守」


 江良房栄は、うめくように声を絞り出した。

 大寧寺の変の際、陶軍は山口の街を一気に制圧をしたが、
 その時に江良房栄は名僧・策彦周良の屋敷を襲撃したことがあった。
 そこで一人の黒頭巾の男と刀を交えたのである。

 その時の記憶が、江良房栄の中に蘇った。
 軽やかな身のこなしは、海で活躍する男を予想させた。

 その正体が、岩国水軍を預かってきたこの弘中方明であることを、
 江良房栄はようやく見抜いたのである。


 口からあふれ出る血泡をものともせず、
 江良房栄は不敵に笑いながら弘中河内守方明へと歩み寄る。


 「てめえだったとはな……。ここで殺してやるわ!」


 江良房栄は、血を吐き散らしながら大太刀を振り上げた。

 心の臓を貫かれながらもますます増大するその気魄と狂気に、
 小さな懐剣を握る弘中方明は、死を覚悟した。



 大太刀が方明の頭上へと振り下ろされようとしたその時、
 肉塊を切り裂く鈍く低い音と共に、
 江良房栄の身体が右肩から左脇下へと切断されていき、
 鮮血が宙にほとばしった。

 弘中方明は動けないまま、江良房栄の姿を見つめていたが、
 江良房栄の肉体は大きな音を立てて、血溜まりへと倒れ込んだ。
 房栄の大太刀も、続いて床に落ちていく。

 西国に比類無しと謳われた猛将・江良丹後守房栄は、
 そのまま鮮血の池の中で動かなくなって、絶命した。


 そこには、弘中三河守隆包が太刀を振り下ろした姿があった。

 江良房栄を背後から一刀の下に斬り捨てたのである。

 その手には、陶晴賢から預かった太刀ではなく、
 弘中隆包自らの太刀が握られていた。



 「兄上……」

 きっと当初、兄の隆包は江良を誅殺することは本意ではなかった。

 それがいかにしてこのような事態になったのか、
 あまりの急展開の出来事のために、
 方明はすぐにはこれまでのことを振り返ることができなかった。
 
 だが、陶晴賢の太刀ではなく自らの太刀で江良を斬ったことで、
 弘中隆包は何かを自らの中に抱える覚悟をしたのだろう、
 と、方明にはすぐに推測できた。



 天文二十四年(1555)、三月十六日。

 大内軍随一の義将・弘中三河守隆包が、
 大内軍随一の猛将・江良丹後守房栄を琥珀院にて誅殺――――。

 この事件が、後の西国の勢力均衡に大きく衝撃を与える。


 一つの歯車を抜き取ると、機械仕掛けはとたんに動きを失う。

 陶晴賢に率いられた大内本軍は、
 崩れ落ちそうなほど不安定さを増していった。

 
 (つづく)



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  『厳島戦記』武将列伝 [二十九]
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 ■白井賢胤 (しらいかたたね)

 陶家家臣。安芸国仁保島(=広島県広島市)の仁保城城主。大寧寺の
 政変で主君大内義隆と共に水軍の指揮官・冷泉隆豊が戦死した後に、
 陶晴賢によって大内水軍の指揮を任される。毛利軍と何度も交戦し、
 厳島の戦い以後は毛利氏へ帰順。毛利水軍の一員となる。
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