Calendar
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
30      
<< September 2018 >>
CATEGORIES
ARCHIVES
LINKS
PROFILE
SELECTED ENTRIES
RECENT COMMENTS
OTHERS
Timestageのメンバーが、歴史にまつわる雑談を気まぐれに語っていくブログ。
<< 厳島戦記(二十七) 昇龍咆虎の巻 | main | 厳島戦記(二十九) 江良誅殺の巻 >>
厳島戦記(二十八) 疑心暗鬼の巻


―――――――――――――――――――――――――――――――――
 厳島戦記(二十八) 疑心暗鬼の巻
―――――――――――――――――――――――――――――――――
                       第六部「龍虎攻防戦」





 尼子一族の内紛を誘発して新宮党を抹殺し、
 後顧の憂いを断ち切った毛利軍のその後の動きは、
 放たれた矢のごとく迅速であった。

 陶晴賢率いる大内軍の本隊が山口へ帰り軍備を整える間、
 毛利軍は次々と陶方の支城を攻め落とし、
 また水軍を率いて厳島などの海路の要衝を抑えていく。

 着実に、大内領を侵食していったのである。



 「尼子という後門の狼を抑えた今、次は前門の虎狩りよ」

 まさに中国地方へ雄飛しようとしている安芸の龍・毛利元就は、
 毛利隆元、吉川元春、小早川隆景ら三子を前にして、
 次の一手を指示する。

 
 「だが、陶晴賢という虎には、強力な爪牙が備わっている」

 「人、でございますな」 長男の隆元がつぶやく。

 「そうだ。陶軍に二将ある限り、そう簡単には勝てまい」

 「はい」

 「智においては弘中隆包、勇においては江良房栄。
  この二人に勝る者は、この西国でもそうそう見つかるまい。
  何としてもこの二人を、陶から遠ざけなければならぬ」


 陶晴賢の脇で智を担う弘中隆包は、
 守護代として安芸国の経済改革を進め、
 元就は安芸の一国人としてその改革に協力をしてきた。

 そして陶軍きっての武勇を誇る猛将・江良房栄は、
 元就とは月山富田城や神辺城など、数多くの戦で馬を並べた。

 どちらも毛利元就には長きにわたる戦友であり、
 二人の智勇の卓越ぶりは、骨の髄まで身に染みて分かっている。

 陶軍と対峙するには、この二人の存在が
 大きな壁として立ちはだかることになる。


 毛利元就は、二通の書状を手にして三子の前に差し出す。


 「これを、弘中、江良の両将に届けさせよ」

 「これは……、もしや内応の誘いでは…」


 小早川隆景が父の考えをいち早く察して口に、
 それを聞いた吉川元春が驚く。

 
 「し、しかし、隆包殿は大内家への義を誰よりも重んじているし、
  房栄は陶の中でも屈指の股肱で晴賢への忠誠も厚いでしょう。
  その二人が簡単に離反するとは思えませぬ、父上」

 「無論、二人とも陶を裏切るようなことはなかろう。
  しかし、その忠義が逆に仇となって返ることもある。
  尼子の新宮党の末路を見れば、分かるだろう」


 毛利元就の眼が、蝋燭の灯を受けて妖しく光る。
 かつての戦友たちを地獄に陥れることに、もはや迷いはない。

 三子は皆、元就の覚悟を目の当たりにしながら息を飲む。

 元就は、宙を見つめながらつぶやいた。


 「尼子の足を止めた、弘中殿自身の必勝の策よ。
  弘中殿、自らの策を受け止められるか――――」




 その策の土壌は、既に整っていた。

 毛利軍は、大内軍の前線の城を次々と落としながらも、
 久芳賢重、久芳賢直、毛利与三といった陶方の諸将らに
 高禄や地位を約束して次々と寝返らせていた。

 安芸前線の諸将が裏切っていく報告を立て続けに聞き、
 総大将の陶晴賢の心中は少しずつ揺れ始めていた。

 そこに、大内軍の頼みの綱とする両将にも毛利の手が伸びる。

 まさに、弘中隆包が尼子の脅威から安芸国を守るために
 毛利元就に授けた離間の策そのものであった。


 毛利元就から送られた二通の書状。

 ところが、弘中隆包と江良房栄には
 その元就からの内応の書状への対応に、大きな差があった。

 その差が、その後すぐに
 大内の運命を大きく揺るがすことになる――――。



 弘中隆包に届いた元就からの書状には、
 昔のよしみで毛利に帰属してほしいという旨が書かれていた。

 弘中隆包は、さすがに尼子対策の計を自ら作っただけあって、
 毛利元就がそれと同じ離間の計を進めていることを瞬時に読む。

 元就の文には、昔のように手を取りたいとは書かれてあっても、
 隆包が陶晴賢と手を組むことによる損失や危険性は述べられていない。
 元から、隆包の離反を期待していないことが読める。

 隆包はすぐに、その書状を陶晴賢に提出した。


 「これが、毛利元就殿から私に届けられた文でござる。
  久芳賢重殿らも同じような内応内通の書状が届けられたのであろう。
  これこそ、まさに尼子の新宮党を壊滅した離間の計でござる」

 「元就め……、小賢しい真似を」

 「陶殿、尼子の二の舞を踏まぬよう、注意されよ。
  皆、陶殿を信じている。
  陶殿も皆を、諸将を信じてくれ」

 「心得た……。
  弘中殿、おぬしの大内への忠義、しかと受け止めたぞ」


 毛利からの内通の書状を明らかにした弘中隆包に対して、
 心の揺れ始めていた陶晴賢は安心を得て、
 隆包の手をしっかりと取って微笑んだ。


 しかし、現在岩国に駐屯している勇将江良房栄の対応は、
 弘中隆包のそれとは若干異なっていた。

 彼は、毛利元就からの内応の誘いの書状を読むと、
 「自分は決して陶を裏切ることはない」
 という怒りの返事をしたためて、元就へ返したのである。

 もちろんそれは、陶晴賢への強い忠誠心の表れからである。
 だが、この返事によって江良房栄は思わぬ運命を辿る。



 「江良房栄、さすがに忠誠に厚い将ですな…」

 江良からの返答を読みながら、吉川元春と小早川隆景は唸った。
 
 西国一の武勇を持ちながら、陶家に対しての忠義は曇りもない。
 さすがにその江良を味方に引き込むのは無理が大きい。

 しかし、毛利元就はむしろその返答に対して、
 好機とばかりに嗤っていた。
 

 「天野入道慶安を、これへ呼べ」

 「天野慶安でございますか……?」


 天野左衛門入道慶安という者は、
 つい最近毛利の軍へと加わった武将である。

 もともと陶晴賢の部下であったのだが、
 先の三本松城攻略の際に不手際があったとして晴賢から責められ、
 咎められた不手際が理不尽すぎると晴賢に恨みを持ち、
 陶軍の弱点や布陣などの機密を持って、寝返ったのである。

 その味方についたばかりの天野慶安が、元就の前に呼ばれた。


 「天野慶安、まかり越してございます」

 「おう、慶安。よう来たの。
  陶攻めにおいて、おぬしに重大な相談があってのう」

 「はっ。陶を倒せるならば、いかようにもお役に立ちまする」

 「うむ、早速だが、ここに、江良房栄からの内応の書状がある」

 「……何ですと!?」


 内応の言葉を聞き、天野慶安が驚きの声を上げた。

 横に控えている吉川元春と小早川隆景も、一瞬耳を疑った。
 元就が手にしている書状は、裏切りを拒否する内容であったはずだ。

 毛利元就は、その手紙を広げて慶安に見せる。


 「どうしても江良房栄の類まれな武勇を我が軍に活かしたくてな。
  旧知の江良とは、以前から内応の約束を取り交わしておる。
  ここにある江良からの手紙は、そのやり取りの中の一通だ」
  
 「は、はあ…」

 「だが、一つだけどうしても条件で折り合いがつかぬ。
  わしは江良に、褒賞として三百貫の禄を約束したのだが、
  ここを見よ。三百貫ごときで我が心は動かせぬ……、とある」

 「……ええ」

 「江良の武勇は、確かに三百貫程度では割が合わぬかもしれん。
  だが、毛利は今はまだ安芸の一国人に過ぎぬゆえ、
  福原広俊、志道広良、桂元澄ら譜代の臣らの所領も三百貫程度。
  江良に対して、どれだけの所領を約束すべきか分からぬ」

 「左様ですか…」

 「江良はどうしても、我が軍へ取り込んで重用したい。
  おぬしは、江良とは昔から深いよしみがあると思ってな。
  江良がどれほどの代償を望みか、探りを入れてほしいのだ」

 「分かりました…」


 天野慶安は、身が震えるのを隠すように深く頭を下げ、
 そそくさと部屋を後にした。

 吉川元春と小早川隆景は、不思議そうに口を開けている。
 その面を見て、父元就は鼻で笑った。


 「一体何をやっているのか、とでも言いたそうだの」

 「分かりませぬ。なぜ天野慶安にあのようなことを」

 「まだまだだのう。天野慶安は、陶晴賢に通じておるのだ」

 「えっ?」


 元春と隆景は絶句した。


 「かつて大陸の三国時代、赤壁の戦いの際に、
  劣勢であった孫権軍は、黄蓋という重臣を無実の罪で咎め、
  優勢の曹操軍に偽りの投降をさせて、一気に戦況を覆えした。
  これを『苦肉の計』という。慶安は、まさにその黄蓋よ」

 「だから、偽の話を作って伝えたのですね…」

 「ふふ、三百貫では降れぬと書かれてあるのは事実だわ。
  時にはその事実が、思わぬ現実を生むものよ――――」



 毛利元就が察したとおり、
 天野入道慶安は陶晴賢が毛利軍に送り込んだ間者であった。

 陶軍に通じている慶安は、江良房栄が毛利に通じているということを
 全く知っておらず――もちろん元就の偽情報だからだが――、
 毛利の機密をつかんだことで、一刻も早く山口に知らせなければと、
 江良房栄への接触を理由に毛利の陣を離れ、山口へ駆けた。



 天野慶安から「江良に叛意あり」との報告を受けた陶晴賢は、
 烈火のごとく怒りたぎった。

 そして、弘中隆包を本陣へと呼んだ。
 隆包は知らせを受けると、
 すぐに察して急いで本陣へ駆けた。

 そこには、唇を切り裂かんばかりに噛み締める、
 陶晴賢の怒り狂った姿があった。
  

 「おう、弘中殿。ちょうどいいところに来てくれた!
  岩国に置いた房栄が、毛利と通じておるわ」

 「陶殿、目を覚まされよ!」


 弘中隆包がすかさず声を放つ。


 「言ったではないか、皆を、諸将を信じるようにと。
  しかも長年陶家を支えた江良殿を疑うとは、何たることだ」

 「しかし……、毛利へ放った慶安からの確かな報告だ。
  慶安の報告は信じるなと申すか」

 「毛利の諜略だと疑え、と申しておるのだ。
  恐らく元就殿は、慶安殿が間者であることを見抜いている」

 「そんなはずは」

 「まだ毛利軍にて何も主だった功を挙げていない慶安殿に、
  元就殿がそんな重大な機密を簡単に漏らすわけがない」

 「……俺は、気が狂いそうだ」


 晴賢は、目を強く閉じて頭を抱えた。

 諸城の陥落、度重なる裏切り、そして江良内通の報告……。
 様々な情報に翻弄されて、
 陶晴賢の心は苦しみに締め付けられていた。

 苦しむ総大将に弘中隆包が何か声をかけようとした時、
 陶晴賢はハッと目を見開き、
 自らの太刀を手に取って、弘中隆包の前に差し出した。


 「弘中殿……。これで、江良房栄を斬れっ」

 「何を……!」


 弘中隆包は、言葉を失う。


 「何を申しているのだ、陶殿!」

 「今、房栄はおぬしの領地である周防岩国の地に駐屯している。
  今から、房栄に会って、事の次第を確かめてもらいたい。
  そして、少しでも叛意の一角が見えたら、房栄を斬れ」

 「……」

 「恐らく心優しいおぬしは、長年共に戦った房栄は容易に斬れまい。
  だから、その時は、俺の太刀を使って容赦なく斬れ。
  何があっても、その責はこの晴賢が負う」

 「正気なのか……。なぜ味方を信用できぬ」
  
 「信じたいのだ。諸将も、おぬしもっ……!
  だからおぬしに太刀を託す」


 太刀を差し出す陶晴賢の手が震えている。

 
 「俺を救ってくれ、弘中殿……。おぬしなら信用できる」

 「分かった……」


 弘中隆包は、陶晴賢の太刀を受け取った。

 もはや、疑心暗鬼に陥った晴賢は正常な判断力を失っている。

 江良房栄の叛意の報は、毛利元就の策謀であることは明らかだ。

 しかし、今できることは、
 自らが真実を明らかにして晴賢に証明してみせることである。

 少しでも晴賢の苦しみの心を鎮めることができればと、
 隆包は晴賢の太刀をいったん借り受けることにしたのである。

 

 現在、渦中の江良房栄は、毛利防衛のために、
 周防岩国(=山口県岩国市)にある琥珀院に駐屯している。

 岩国は、弘中家代々の所領でもある。

 弘中隆包は弟の弘中方明を連れて、久しぶりに岩国へと向かう。

 その手には、陶晴賢の太刀が握りしめられていた――――。


 
 (つづく)



 ――――――――――――――――――
  『厳島戦記』武将列伝 [二十八]
 ――――――――――――――――――

 ■天野慶安 (あまのけいあん)

 陶家家臣。弁が巧みな将であり、毛利元就が大内宗家に反旗を
 翻した際、陶晴賢が無実の罪を咎めることで間者として毛利軍へ
 入り込んだ。しかしそれを察した毛利元就によって逆に諜略に
 利用され、偽情報を本国へ持ち帰ったことが大きな火種を生む。
| 『厳島戦記』 | 12:14 | comments(0) | trackbacks(0) |









http://blog.timestage.net/trackback/1434387