Calendar
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
2930     
<< April 2018 >>
CATEGORIES
ARCHIVES
LINKS
PROFILE
SELECTED ENTRIES
RECENT COMMENTS
OTHERS
Timestageのメンバーが、歴史にまつわる雑談を気まぐれに語っていくブログ。
<< 厳島戦記(三) 山口出立の巻 | main | 厳島戦記(五) 月山攻防の巻 >>
厳島戦記(四) 安芸合流の巻

―――――――――――――――――――――――――――――――――
 厳島戦記(四) 安芸合流の巻
―――――――――――――――――――――――――――――――――
                       第二部「月山攻囲戦」

 


 深く積もっては溶けてゆく雪は、戦国の無常を写すのか。
 
 一面の地表を白く覆い、視界全てを制覇したように見える大雪も、
 季節が過ぎれば溶けてその白さを失って、姿を消してゆく。

 そして、木々は芽吹いて大地は緑に覆われたかと思うと、
 また冬がやってきて雪が大地を覆っていく。


 勢力を大きく拡げていっても、いずれはその衰退を迎え、
 その衰退を見計らってもう一方の勢力が覇を広げていく。
 そんな戦国の真理が、自然から見て取れるかのようである。



 出雲(=島根県)から勢力を拡大し続けた北方の雄・尼子氏が、
 安芸(=広島県)までその覇を広げた時に、
 周防(=山口県)の大内氏が、吉田郡山城にて迎え撃ち、
 尼子の主力を徹底的に打ち崩した。

 雪解けのように尼子氏がその兵力を失っていった一方、
 春の訪れを待ち望んで勢いよく芽吹く草木のように、
 大内義隆はこの機に乗じて動き始めた。

 

 天文十一年(1542)正月、大内義隆率いる一万五千の軍勢が、
 弱体化した尼子氏を殲滅せんがため、
 出雲国の月山富田城へ向けて、山口を出立した。

 
 これには、大内氏に属する安芸の国人領主にも出陣要請が伝えられ、
 安芸の国人たちも出雲侵攻に向けて急いで兵をまとめはじめる。

 先の郡山城籠城戦で尼子軍に大勝する功を成した、
 吉田の毛利元就にも当然、大内軍への合流が伝えられていた。


 毛利元就の他に、小早川正平、宍戸隆家、熊谷信直、香川光景、
 天野興定などの国人領主たちが安芸から出撃したが、
 その中には、宮崎長尾で毛利軍と激突した吉川興経軍の姿もあった。

 吉田郡山城包囲戦では尼子側として宮崎長尾で奮戦した吉川氏だが、
 尼子氏が惨敗して勢力が衰えたことを知ったとたん、
 大内側へと寝返っていたのである。

 吉川氏は安芸国の国人の中でも比較的大きな勢力であったが、
 形勢次第で尼子氏と大内氏への従属の鞍替えを繰り返していた。
 

 吉川興経の母は毛利元就の叔母にあたり、
 また毛利元就の妻は吉川興経の叔母にあたるなど、
 吉川氏と毛利氏は同じ安芸国の中で深く結びついていた。



 出雲への進軍の途中で、吉川興経が毛利元就を訪れた。


 「元就殿。準備は万端のようでござるな」
 
 「安芸の底力を山口の諸将にも見せなければなりませんな」

 「うむ。先の吉田郡山城では奇しくも敵味方に分かれたが、
  故あって、この度は我々も大内氏に味方することになった。
  吉川と毛利、共に手を取り合って尼子を打ち砕きましょう」

 「よろしくお願い申す。ところで、興経殿」


 元就は、傍で控えていた二人の息子を紹介した。


 「こちらが我が嫡男、隆元。そしてこちらに居るのが、
  先ほど元服したばかりの元春でござる」


 一瞬、興経の顔がこわばった。
 次男の元春と呼ばれたその若武者の顔に、見覚えがあったのである。

 それは昨年、宮崎長尾の奮戦で毛利軍の中に見かけた、
 元気の良い憎らしい若僧だった。


 先の吉田郡山城の籠城戦で、大内家臣の弘中隆包の勧めもあって
 元服を前にして初陣を果たした、
 毛利元就の次男、少輔次郎である。

 次郎は毛利家の通字である元の字を受け、
 毛利元春(もうりもとはる)という名を抱くこととなった。

 その元春が、此度の出雲遠征にも随行することになったのである。
 

 吉川興経は元春を見つめる。
 宮崎長尾で我が軍を散々にかき回した毛利の小僧。
 年は若いが、今にも飛び掛かりそうな獰猛な視線を感じる。

 初陣の相手が自分であるということが癪に触るが、
 味方である以上、頼もしい存在ではある。


 「吉川軍と毛利軍、どちらが先に月山富田城の山頂に辿り着くか、
  競って、安芸の国人が周防の連中に負けぬことを見せましょうぞ」

 と吉川興経は野太く笑ったが、元就は話半分に受けていた。

 現在の勢力の大きさは毛利よりも吉川のほうがはるかに上だが、
 戦場での軍略では毛利が圧倒している自信があったからである。

 吉川興経はひとつ咳払いをすると、自分の陣へ引き揚げていった。



 その数日後、安芸の国府で、
 山口から進軍してきた大内義隆の本軍と、
 毛利や吉川など安芸・備後の諸豪が合流した。

 大内義隆に随行してきた弘中隆包は
 毛利元就父子と吉田郡山の籠城戦以来の再会を果たした。

 宮崎長尾の奇襲で初陣を果たした少輔次郎が元服したと聞き、
 隆包は元服したばかりの毛利元春の手を取って喜んだ。


 一方、兄の隆元は隆包の傍に控える若人に声をかけた。


 「これは、市郎殿。立派な武者姿になられて」

 「隆元殿、お久しゅうございます。
  元春殿と時を同じくして私も元服を致し、
  名は弘中方明となりました。どうかよろしくお願い申し上げます」


 方明は毛利父子に深々と頭を下げる。
 年も近く元服も同じ時期に果たした元春は、深く親近感を覚えた。

 元就は、毛利の子たちや弘中兄弟たち若き面々を見て、
 大内勢の行く末はこの若い世代が築くのだろうと、
 心の中でその将来を想像して微笑んだ。



 元春と方明が次男同士で話に盛り上がっている横で、
 毛利隆元は声を潜めて、弘中隆包に言った。


 「ところで隆包殿。此度の出雲への遠征の話なのだが…」

 「ああ」

 「陶殿ら諸将の中でただ一人、隆包殿だけが反対されたとか」

 「実はそうなのだ。おかげで陶殿たちからは臆病呼ばわりでな」

 「隆房殿はいつも血気盛んだからのう。言い出したら聞かぬ。
  好きに言わせていい。しかし、隆包殿には何が気にかかるのか」

 「皆が申すとおり、今が尼子征伐の絶好の機会であることは分かる。
  しかし、考えれば考えるほど、今回は不安材料が多いのだ。
  はっきりは言い表わせないのですが、強いて最も気がかりなのは―――」

 「百万一心を欠く、ということか」

 「まさに」


 さらに隆元と隆包は顔を近づけてささやき合う。

 隆元も同じ理由で、今回の出雲進軍には懐疑的だったのである。

 父の元就は、その胸の内をなかなか明かさない。
 だが父はどうも、同じく出雲遠征は気乗りがしない様子だ。


 「義隆様のご命令なれば、この度の出雲への戦に従うものの、
  父上もあまりこの度の進軍には心から賛成ではないようだ」

 「元就殿もか」

 「多分な」


 これから向かうは、これまで父上の前に大きく立ちはだかってきた
 一代の英雄・尼子経久公が居城とした難攻不落の月山富田城。
 経久が死したとは言え、城の堅牢さはそのまま遺されている。

 長らく経久を畏れていた毛利元就には、
 月山富田城はそう容易くは落とせないと感じて、
 気が乗らないのかもしれない。


 「されば、隆包殿は此度の遠征にどのように思われたのか」

 「何かこう、尼子を凌駕する結束に至っていない気がするのだ。
  あまりにも大勢の国人領主が味方に加わったため、
  まだ周防の大内勢と他の国人に隔たりがあるように思えてならぬ」

 「安芸にいる私から見ても、それは感じている」

 「しかし、もうこの遠征を止められるものでもないし、
  こうなった以上、最善を尽くしていくしかないであろうな。
  隆元殿。毛利と弘中、共に力を合わせていこう」

 「うん。隆包殿と共に戦場に立てること、嬉しく思いますぞ」


 軍勢を束ねる将の消極的な発言は、士気に関わる。
 そのため、この話は隆元と隆包の心の内に秘められた。

 だが二人とも、相手と似た考えを持っていたことに
 いささか小さな喜びを感じていた。

 毛利と弘中の智略を併せれば、道は拓ける。 
 そのような確信が芽生えていたのかもしれない。

 

 各国の勢力が合流し、二万余に膨れ上がった大内軍は
 翌日、安芸の国府を発った。

 向かう先は尼子の本城、月山富田城(がっさんとだじょう)。


 その後の大内氏の命運を大きく揺るがす凄絶な結末を迎える
 「月山富田城の戦い」が、今まさに始まろうとしていた――――。


 (つづく)



 ―――――――――――――――
  『厳島戦記』武将列伝 [四]
 ―――――――――――――――

 ■尼子晴久 (あまこはるひさ)

 出雲国(島根県)の守護大名・尼子氏当主。当初は詮久と名乗る。
 尼子の繁栄を成した名将・尼子経久の嫡孫で、家督を譲り受けた後、
 毛利元就の守る吉田郡山城へと遠征するが大敗し、弱体化を招く。
 その後も長らく毛利元就と勢力を争い、やがて月山富田城内で病没。

| 『厳島戦記』 | 12:30 | comments(0) | trackbacks(0) |









http://blog.timestage.net/trackback/1374838