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Timestageのメンバーが、歴史にまつわる雑談を気まぐれに語っていくブログ。
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西の関ヶ原、九州豊後の「石垣原の戦い」
弘中勝です。

今月発売された戦国無双3をWii本体と一緒に買ってしまいました…。九州出身者なんで、立花訐藺(たちばなぎんちよ)から始めてみたのですが、なかなか面白いです。

立花訐藺紊両呂任蓮関ヶ原の戦いの直前に西軍に味方したものの立花宗茂と散り散りになり、最後は「西の関ヶ原」こと石垣原の戦いへと話が進んでいきます。この石垣原(いしがきばる)の戦いというのは、実際に歴史上に会った戦いです。

1600年、中央で関ヶ原が行なわれている頃、九州の豊後国(大分県)では大友義統(大友宗麟の子)が勢力を盛り返し、東軍の細川忠興の城であった杵築城を包囲します。そこへ、隠居中の身であり中津城にいた黒田如水(黒田官兵衛)は、傭兵をかき集めて豊後へ侵攻。石垣原で大友軍と対決し、見事に撃破を成し遂げます。この黒田如水の電光石火の進軍で、東軍の九州の地盤は固まったということで、関ヶ原の戦いの後にその功から黒田家は筑前国福岡に52万石を与えられることになったのです。

『戦国無双3』では立花訐藺紊呂つての主家である大友義統(立花訐藺紊良磴和舁Ы[曚硫反辰領花道雪です)を守るためにこの石垣原の戦いに参加しており、黒田官兵衛やなぜか本多忠勝などの猛者に包囲され絶体絶命の危機を迎えるのですが、そこにある二人の人物が現れて……という、なかなかステキな話になっています。


『戦国無双3』(コーエー/Wii版)
| 歴史の事件・文化の話題 | 22:09 | comments(0) | trackbacks(0) |









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