Calendar
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
252627282930 
<< June 2017 >>
CATEGORIES
ARCHIVES
LINKS
PROFILE
SELECTED ENTRIES
RECENT COMMENTS
OTHERS
Timestageのメンバーが、歴史にまつわる雑談を気まぐれに語っていくブログ。
<< 仏教×フリーマガジン=「フリースタイルな僧侶たち」 | main | 姫路城のある姫路市のイメージキャラクター >>
上杉を支えた米沢武田氏の祖・武田信清とは
弘中勝です。

先日、山形県米沢市に行き、直江兼続など上杉家ゆかりの人物が数多く眠る林泉寺に行ってきたのですが、その多くの墓所の中に、上杉米沢藩の家臣であった米沢武田氏の祖・武田信清の墓もあります。県指定史跡でもあります。



この武田信清という人物、実は武田信玄の息子です。武田信玄と言えば、川中島の戦いで上杉謙信と戦った宿命のライバル。どうしてその息子が、好敵手である上杉家の家臣団に名前を連ねているのか?

武田信玄の死後、勝頼が継いだ武田家は衰退し、信玄の娘である菊姫が謙信の養子であった上杉景勝に嫁いで、ライバルであった武田家と上杉家は婚姻関係になります。しかしあえなく武田氏は滅亡。高野山に逃れていた六男の武田信清は、姉の菊姫を頼って上杉領へやってきたと言うわけです。菊姫は結局、上杉家が会津や米沢へ移封後も京都にいたまま領土へ戻ることなく死去しますが、信清は米沢藩に家臣として入国し、信清に始まる米沢武田氏は明治維新まで家臣の家格が続いたのでした。川中島の両雄はこうして明治までずっと関係があったわけですね。
| 歴史の人物の話題 | 22:14 | comments(2) | trackbacks(0) |
感動しました。
ぜひ、天地人にも信清公を出して欲しかった。
| 匿名 | 2009/10/21 3:23 PM |
現当主の方はよく
「歴史読本」とか「歴史と旅」とかに
寄稿されてますね
| かねやん | 2010/04/25 12:43 AM |









http://blog.timestage.net/trackback/1300335