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Timestageのメンバーが、歴史にまつわる雑談を気まぐれに語っていくブログ。
ヴェルサイユ条約の調印場所がなぜ宮殿か
弘中勝です。

フランスのパリから20kmほど離れたところに、ヴェルサイユ宮殿があります。作家のシャトーブリアンが「ヴェルサイユ宮殿を見ぬ者は、本当の栄華を知らない」と評したらしい、ルイ14世が建造したブルボン王朝最盛期の栄華を残す大宮殿です。

その内部でとりわけ広い広間が、鏡の間。ここでいろいろな儀式が執り行われたそうですが、この場所は第一次世界大戦の講和条約でもある1919年のヴェルサイユ条約の調印場所となったことでも知られています。(年号早覚えは「行く行く(1919)ヴェルサイユ条約」)



どうしてこのヴェルサイユ宮殿が大戦の講和条約の場所になったかというと、ヴェルサイユ条約は敗戦国であるドイツ帝国の解体と割譲が最大の争点になったわけですが、そのドイツ帝国が成立したきっかけとなったヴィルヘルム1世の皇帝戴冠式がヴェルサイユ宮殿で行なわれたからです。つまり「起源の地で落とし前をつける」という意味があったのです。

しかし、そこで第一次大戦の責任を大きく負わされたドイツの屈辱を、後にヒトラーが利用し、ヴェルサイユ条約を破棄して第二次大戦へと突入していくのです。
| 歴史の事件・文化の話題 | 21:40 | comments(0) | trackbacks(0) |
最中(もなか)はどうして最中というのか?
弘中勝です。

日本各地に行くとお土産物のお菓子がいろいろ売っていますが、特にどこに行ってもあるのがもなか。各社それぞれ工夫していろいろなもなかを製造販売しています。ところで、もなかって「最中」って書きますが、どうして「もなか」と呼ばれるようになったのでしょう。どうして「最中」って言うのでしょう。何かの真っ最中だったのかな?

もなかはもともと円形のお菓子でした。平安時代ぐらいに公家たちがそのお菓子を月に見立てて「もなかの月」と呼んだのが始まりです。「もなかの月」とは、後撰和歌集に収められている源順の歌「池の面に 照る月なみを 数うれば 今宵ぞ秋の もなかなりける」から来ています。つまり「秋のさなかのお月様」ということなんですね。風流のあるネーミングなのです。



ちなみに、今のように中にあんこが入っているのは正確には平安時代の「もなか」ではなく「もなか饅頭」というもので、江戸時代から始まったんだそうですよ。詳しくは加賀種食品工業ホームページに書かれてあります。お菓子大好きっ子なので、興味津々です。
| 歴史の事件・文化の話題 | 22:02 | comments(0) | trackbacks(0) |
日本は2月11日の「建国記念の日」に建国したの?
弘中勝です。

本日2月11日は建国記念の日です。祝日ですね。国民の祝日に関する法律では、「建国をしのび、国を愛する心を養う。」と規定されてあるのですが、そう言われると「日本って2月11日に建国されたの?」と不思議に思う人も多いのでは。



どうして2月11日が「建国記念の日」なのかというと、この日はかつて紀元節という祭日で、初代天皇である神武天皇の即位を祝う祭日だったのです。

でも、「2月11日に神武天皇が即位したなんて、誰が見たんか?」という学術上の意見が多く、建国の日とは言えないのではないかということで新憲法下ではなかなか祝日制定が難航しませんでした。そこで、「じゃあ『建国記念日』じゃなくて『建国記念の日』って言えばいいじゃないか」ということになったわけです。「の」の1文字が入ることで、「建国の日」ではなく「建国ってことを記念する日」という解釈になったということですね。

そんなわけで1966年に「建国記念の日」ができたのです。ということで、今日は「建国を記念しようぜ」という意味なので「建国記念の日」であって、「建国記念日」と表わすのは誤りなんだそうです。
| 歴史の事件・文化の話題 | 13:37 | comments(0) | trackbacks(0) |
恵方巻のブームだけど、「恵方」って何だ
弘中勝です。

かつては節分と言えば豆まきでしたが、いつのまにか恵方巻がブームになっています。

今年の恵方に向かって無言で恵方巻を食べる、というこの風習。もともと関西にあった風習でいったん廃れたものの、寿司業界や海苔業界が仕掛け、コンビニエンスストアが火付け役となって近年急激に広まっていきました。今ではロールケーキやらトルティーヤやらロールサンド、全然関係ない長細い食べ物が便乗してきていますね。

恵方巻を食べる時に向く方角である「恵方」は毎年変わります。今年は西南西だったようです。どうやってその年の恵方が決まるかと言うと、十干から説明していろいろ面倒なので、Wikipediaの記事へと飛ばしてみる。



十干を基にしているから、16方位とは若干ずれていて「西南西からやや東側」というのが正しいらしいのですが、そこはもう「西南西を向こう!」というPOPのほうが分かりやすいですね。恵方は毎年変わるといっても、結局は甲・庚・丙・壬の4方向しかないようですよ。分からなくなったら1本ずつ4方向に食べていけば4本で済みますね。(食べすぎ)
| 歴史の事件・文化の話題 | 23:58 | comments(0) | trackbacks(0) |
佐賀藩鍋島焼と秀麗先生のコラボレーション
弘中勝です。

Timestageのメンバーでもある書道家の成澤秀麗先生が、新宿の京王プラザホテルで個展『秀麗展』を開かれているので、行ってきましたよ。京王プラザホテルはギャラリー室だけではなくロビーのあちらこちらにも展示スペースがあるため、かなり壮大な展開になっています。



書家の個展というと額縁や掛け軸ばかりが並んでいるイメージがありますが、今回の『秀麗展』では秀麗先生が様々な創作物にチャレンジしていて見どころ多し。その一つが、鍋島焼に書き付けられた書。

鍋島焼というのは、鍋島直茂に始まる鍋島氏が藩主を務めた肥前国佐賀藩の直営する窯で造られた高級磁器のことです。肥前には全国的に有田焼・伊万里焼といった全国的に有名な陶磁器があることが知られていますが、藩直営である大川内山の窯で造られたものしか鍋島焼とは呼ばれず、九州出身の私には、有田焼・伊万里焼とは一線を画した格式を持つ磁器というイメージがあります。

昨年に秀麗先生から九州に行くことは聞いていたのですが、まさかこういう創作をされていたとはっ。秀麗先生の文字が吹き込まれて、それぞれが季節を感じさせる造りになっている鍋島焼を、ぜひ見に行ってみては。書の可能性の広さを大いに実感できます。

ちなみに今回の『秀麗展』は1月19日までだそうです。秀麗先生の描かれたケータイ待受画面がダウンロードできたり、日によっては書初めができたりします。京王プラザホテルはJR新宿駅から徒歩で行けますよ。
| 歴史の事件・文化の話題 | 23:21 | comments(1) | trackbacks(0) |
1月7日は七草がゆを食べよう。
弘中勝です。

1月6日がガレット・デ・ロワなら、1月7日は七草なので、七草がゆを食べなければいけません。

七草がゆに入れるものはいわゆる春の七草。せり、なずな、ごぎょう、はこべら、ほとけのざ、すずな、すずしろの3つです。とは言ってもこれらはかつての呼び名で、例えばすずなは今で言うカブ、すずしろは今でいうダイコンという風に、その呼び名では手に入らないことが多く、ほとけのざ(コオニタビラコ)なんてすぐに手に入りません。ただ、最近は1月7日にはよく「七草セット」が売られていて、まとめ買いすることができます。



これら春の七草を入れたのが「七草がゆ」ですが、どうしてこれを1月7日に食べるかというと、おせち料理やお雑煮などで正月休みの間に疲れた胃腸にやさしく、そして野菜が不足する冬の季節にその栄養素を補給する、という健康的な意味合いがあります。だから、「質素だから肉とかカニとか入れちゃえ!」と豪華な雑炊にしたがる人は間違いだったりするのです。

ちなみに、七草がゆを食べるのには、邪気を払って万病から身を守るという意味合いもありますから、一年の健康を願って家族みんなで食べたいですね。
| 歴史の事件・文化の話題 | 22:09 | comments(0) | trackbacks(0) |
1月6日はガレット・デ・ロワを食べよう
1月6日は公現祭(神現祭)です。イエス・キリストが人々の前で神性を現したことを記念する祭日で、国によっては子供たちがプレゼントをもらうのはクリスマスではなくて公現祭の日だったりするみたいです。

フランスでは1月6日にガレット・デ・ロワというパイ菓子を食べる伝統的習慣があります。ガレット・デ・ロワの中にはフェーヴと呼ばれる陶製の小さな人形が一つだけ隠されており、切り分けて食べた時にフェーヴが出てきた人は、1年間幸運が継続するとされ、王冠をかぶってみんなから祝福されるのです。

地域によってはパイ菓子ではなくケーキだったりパンだったりするらしいので、日本でも「赤飯・デ・ロワ」とか「おしるこ・デ・ロワ」とか何でも企画できそうな気がします。



僕が初めてガレット・デ・ロワを見たのは銀座のパン屋さんで、「クリスマスにケーキがやたら売れるケーキ屋さんに対する、パン屋さんの逆襲です!」と紹介されていてウケてしまい、それ以降毎年買って食べています。今年ももちろん食べたのですが、見事にフェーヴを引き当てたので、今年1年間は幸運が続くぞわーい。
| 歴史の事件・文化の話題 | 23:19 | comments(0) | trackbacks(0) |
武田vs北条の大激闘「三増峠の戦い」
弘中勝です。

昨年末に発売されたWiiの戦国無双3をプレイしているんですが、『3』にはシリーズ初のキャラクターがいくつか登場しています。そのほとんどが家臣格の武将なのですが、国主として重要な役割を演じる新キャラクターがいます。北条氏康です。

『2』で北条軍の忍者である風魔小太郎は出ていたものの、北条氏は脇役でした。しかし『3』では国主の氏康、それに甲斐姫の新登場で北条軍も重要な勢力になりました(その代わり風魔小太郎の影が薄くなった感が)。そして、「甲斐の虎」と呼ばれた武田信玄、「越後の龍」と呼ばれた上杉謙信に並んで、北条氏康は「相模の獅子」の異名を持ち、三つ巴の「関東三国志」を繰り広げます。



そしてその「関東三国志」の舞台の一つに、三増峠の戦い(みませとうげの戦い)が選ばれています。永禄十二年(1569)、堅城の小田原城を包囲したものの撤退を余儀なくされた武田信玄の軍勢を、北条氏照・北条氏邦率いる北条軍が待ち構え激突した戦いです。開戦当初は北条軍が有利でしたが、援軍の山県昌景の奇襲によって形成は大きく傾き、山岳戦に長けた武田軍が追撃する北条軍に大打撃を与え、武田信玄は無事に甲斐へと撤退したのでした。

『戦国無双3』では武田軍と北条軍の大激闘の中、なぜか三増峠に上杉軍まで現れてますます大混戦となりますよ。ちなみに三増峠は、現在の神奈川県愛川町にあります。
| 歴史の事件・文化の話題 | 13:05 | comments(0) | trackbacks(0) |
ベートーベンの第九とCDの密接な関係
弘中勝です。

大晦日ですねー。皆さんにとって2009年はどのような一年だったでしょうか。来年2010年も素晴らしい一年になるといいですね。

さて、年末には必ずと言っていいほど耳にするベートーベンの「第九」。正しくは「交響曲第9番ニ短調作品125」と言って、ベートーベンが作った最後の交響曲です。年末によく聞く有名な合唱はこの交響曲の中の第4楽章の「歓喜の歌」です。



このベートーベンの交響曲第9番は、ある商品の規格に大きく関係しているという説があります。それは、CD(コンパクトディスク)。

初期のCDは録音時間が74分となっていましたが、どうしてこんな中途半端な時間になったかというと、当初は60分で開発が進んでいたけれど、「指揮者のカラヤンによるベートーベンの第九がまるまる収まるようにしたい」という要望から、74分という時間に決まったそうです。生産の都合よりも聴く側の都合を優先して考えたという例ですね。

それでは、どうぞよいお年をお迎え下さい!
| 歴史の事件・文化の話題 | 10:33 | comments(0) | trackbacks(0) |
日本三大仇討の一つ「鍵屋の辻の決闘」
弘中勝です。

「一富士二鷹三なすび」という言葉があります。初夢に見ると縁起がいいモノのたとえです。なぜ富士と鷹と茄子なのかというのは、徳川家康のお膝元である駿河国の名産を並べたものだとか、いろいろな説がありますが、その一つに「日本三大仇討」と表わしているのではないか、という思いっきり強引な説があります。

日本三大仇討の一つが「鍵屋の辻の決闘」。備前岡山藩士の河合又五郎に弟の源太夫を殺された岡山藩士の渡辺数馬が、義兄である荒木又右衛門と共に仇討を果たしたという話です。1638年12月26日の出来事でした。



その鍵屋の辻は伊賀国上野、現在の三重県伊賀市にあり、伊勢街道と奈良街道の分岐点でした。剣豪・荒木又右衛門はこの「鍵屋の辻の決闘」で名を挙げ、現代でも浄瑠璃やテレビ時代劇などいろいろなジャンルでその活躍を語られています。
| 歴史の事件・文化の話題 | 20:42 | comments(0) | trackbacks(0) |