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Timestageのメンバーが、歴史にまつわる雑談を気まぐれに語っていくブログ。
厳島戦記(三十五) 包浦上陸の巻


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 厳島戦記(三十五) 包浦上陸の巻
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                       第七部「厳島奇襲戦」




 それは壮絶な渡海であった。


 厳島と本州本土とを隔てる海峡を、大野瀬戸と呼ぶ。

 陸地と陸地に挟まれた大野海峡でさえ大荒れであるのに、
 毛利軍は地御前から包ヶ浦に渡るという、
 大海へと大回りする航路を取ったため、
 高波の荒れ狂い様は陸上の者には想像を絶するものであった。

 大河に浮かぶ小笹の葉のように、船はその激浪に揺り動かされる。

 毛利の将兵たちはその揺れに投げ飛ばされないよう、
 船の床や壁に力強く張り付いた。

 この高波を越えなければ、毛利の将来はない。

 その気概と覚悟が、 
 激浪に揺れる毛利軍の心の支えとなっていた。



 通常ならば半時もあれば厳島へ渡海できるが、
 高い波に加え、激しい逆風のため、
 岸が見えるまでに普段よりも七倍、八倍もの時間がかかった。

 それでも毛利軍は耐えながら、
 嵐の中をゆっくりと船を進める。

 そして九月三十日の深夜、
 ついに毛利元就を乗せ先頭を進んでいた御座船が、
 厳島の東岸、包ヶ浦に到着した。


 元就はすぐに、陸上に篝火を一つ焚かせた。

 後に続いてくる船は皆、
 その火が灯るのを見て毛利元就の無事を知り、
 その篝火を目印に船首を向ける。

 それからは、次第に風が収まってきたため
 後続の船は進みやすくなり、次々と包ヶ浦に着岸した。

 亥の刻を過ぎた頃には、全軍が上陸を終えた。
 皆、はぐれることなく無事に厳島に上がったのであった。



 全軍の上陸を確認した毛利元就は、
 全船の責任者である児玉就方を呼び、
 渡海してきた船を全て、対岸に戻すように指示した。

 児玉就方は驚き、慌てて提言する。


 「大殿が決死の覚悟であることは、十分に承知しております。
  しかし、大殿や殿に万が一のことがあれば、
  毛利家の存続すら絶望的になるやもしれませぬ。
  せめて、御座船だけでも残しておくべきです」


 就方は元就の船だけは停泊させるべきだと主張したが。
 毛利元就は決してそれを聞き入れなかった。


 「就方。決死の覚悟とは、どういうことを指すのか。
  敗れれば死あるのみ。そういう決意のことではないか。
  飯の釜を破り、帰る船を沈める覚悟でなければならぬ」

 「……」

 「破るか敗れるかの瀬戸際で、船が置いてあることを思い出せば、
  敗れた時の逃げ道のことを誰もがつい思い浮かべてしまう。
  勝利をつかむためには、一時も退路を思い返してはならぬ。
  大将の乗る御座船こそ、真っ先に廿日市へ引き返させよ」


 元就の決意は固く、
 児玉就方は仕方なく、命令通りに全ての船を沖へと返した。


 逃げ帰る船はない。
 大軍の敵を殲滅してようやく、生き帰る路が現れる。
 生きて帰るには、完全勝利しかない。

 次々と岸から再び離れていく船を見ながら、
 毛利の将兵たちは自分たちが背水の陣の状況にあることを
 改めて心に止めたのであった。



 日が九月三十日から十月一日に変わる頃、
 風雨はほとんど収束していた。

 明朝は嵐の過ぎた清々しい快晴となるであろう。
 そうなると、大内軍は宮尾城への総攻撃を再開するはず。

 総攻撃に備えて休息を取っている明け方までが、
 毛利軍にとって絶好の奇襲の機会である。


 包ヶ浦の陣で速やかに最終確認が行われる。

 夜の間に博奕尾の峠まで登山を行なう。
 吉川元春が先頭で、毛利隆元の部隊が次に続き、
 毛利元就の本隊はその後を進む。

 博奕尾からは、厳島神社をはじめ、
 宮尾城への総攻撃を待ちわびる陶晴賢の塔ノ岡本陣が
 眼下に見えるはずである。

 博奕尾でいったん陣を整え、
 空が明るくなって視界が開けてきた頃を見計らい、
 一気に敵本陣へ駆け下りて奇襲を決行する。
 寝起きの敵本陣は必ず大混乱に陥るであろう。

 その奇襲の段取りが、綿密に打ち合わされる。



 そして、毛利軍の博奕尾への登山が始まった。

 闇夜の中の行軍であるが、
 博奕尾の向こうにひしめく敵の大軍に知られては
 これまでの決死の努力が全て無駄になる。

 そのため、松明も多くは用意するわけにはいかず、
 毛利軍は五感を研ぎ澄ませながら暗闇を登っていった。

 丑三つ時は草木も眠るという。
 無明の闇の中、毛利軍が掻き分ける草の音が
 瀬戸内海の波の音にかき消されていった。



 毛利元就は、杖を地に突いて斜面を登りながら
 博奕尾の峰を見上げる。

 小さな松明の灯は、先頭の吉川元春隊である。
 その灯が、いよいよ博奕尾の頂きに達しようとしている。


 (あの峰から見下ろせば、陶晴賢の本陣は目と鼻の先だ。
  敵は皆、勝利の夢に酔って心地よく眠っている頃だろう。
  我らが毛利の勝利は、目前だ……!)


 毛利元就は、目を細めて吉川隊の灯火を見つめた。

 この時、元就五十九歳。

 もはや前線に立つには老齢と言える年齢であったが、
 これまでの苦節を思い起こせば、その足も自然に進む。

 大内と尼子の間で辛酸と苦難を味わい続けた長き年月。
 今、その苦難を打ち破る大勝利が見える。


 (この勝負、我らがもらった……!)


 勝利を確信した毛利元就が、
 不敵な笑みを見せた、その時――――。



 風雨の収まった登山道に、
 いきなり一陣の風が山上から吹き抜けた。

 その突風を受けて、毛利元就は素早く目を覆ったが、
 異様な音が耳に入り、慌てて目を見開く。


 (何だ……?)

 視線の先にある博奕尾の峰から、
 かすかに喊声が聞こえてくる。
 そして、剣と剣が交わるような金属音も伝わってくる。

 先頭の吉川元春隊、
 そして後続の毛利隆元隊が灯している松明の灯が、
 激しく揺れ始めた。


 「どうした。何が起こっている――――?」

 博奕尾を仰ぎ見る毛利元就たち本隊に、戦慄が走る。


 すぐに、先鋒の一兵が報告係として
 登山道を滑るように駆け下りてきた。


 「注進、注進ッ――――!」

 「いかがした」

 「博奕尾にて、敵方の一隊が姿を現しました!
  元春様の部隊が奇襲され、交戦中にございます!」

 「……何とっ!」


 毛利元就も、周囲の諸将も驚嘆の声を上げた。

 楽勝の雰囲気に充ちているはずの大内軍が、
 包ヶ浦方向からの奇襲に備えているとは心外である。
 そのような慎重に備えを構えられる将が、いるはずがない。

 いや……、まさか……。
 元就の脳裏に、一将の顔が次第に浮かんでくる。

 息を切らしながら、報告が続いた。


 「敵部隊を率いる大内の将は、弘中三河守隆包です!」


 「――――!!」


 脳裏に浮かぶ像と、報告された名が一致したその時、
 毛利元就の背筋は一瞬にして凍りついた。

 弘中隆包の名に、
 元就の周囲を守る諸将たちにも動揺が走る。


 (なぜ、隆包殿が――――!
  隆包殿は、岩国に残ったはずではないのか――――!)


 「大殿……!」


 諸将たちが元就の顔を伺って、ぎょっとした。

 この暗さでは、血が上っているのか青ざめているのか、
 その顔色までは分からないが、
 今までに一度も見せたことのない鬼のような形相が、
 暗闇の中でも浮かび上がって見て取れた。

 普段は冷然そして冷徹に物事を進める毛利元就が、
 この時はまさに怒髪天を衝くほどの激情を見せたのである。


 奇襲の成功を確信した矢先、
 眼前に現れた弘中隆包――――。

 これまで毛利の謀略を一々見抜かれながらも、
 それを逆手に利用するほど冷静に対処していた元就だったが、
 逆上に唸りながら、手にしていた杖を斜面に叩きつけた。

 息を荒げ、眼光を鋭く光らせた毛利元就は
 博奕尾の峰を力強く指差して、声を張り上げた。


 「全軍、突撃じゃ!
  全員で弘中軍を打ち破れ。
  弘中三河守を踏み越えねば、我らに勝利はないぞっ!」


 弘中隆包の名に震えて動きが止まっていた毛利軍は、
 元就の突撃命令ですぐに目が覚めた。

 もう自分たちには、逃げ帰る船は残されていないのだ。
 背水の陣を敷いている今、弘中を越えるしかない。

 登山中の毛利全軍は、意を決して博奕尾へと駆け上がった。
 二千の兵が、交戦中の頂へと突入していく。
 


 毛利元就は、血がにじむほどに強く唇を噛み締める。

 勝利の夢に酔いしれていたのは大内軍ではない。
 自分こそが一瞬でもその勝利の夢に寄った時、
 それをあざ笑うかのように弘中隆包が風の如く現れた。

 元就の心の中で、怒りと悔しさが渦を巻く。
 その渦が、心臓の鼓動に変わって全身に伝わっていく。


 (昇龍を阻むか、弘中隆包――――。
  いよいよ、最後の決着の時が来たようだ――――)


 毛利元就は、腰から太刀を抜き放った。

 そして、博奕尾の峰へと駆け上がっていく軍兵たちと共に、
 再び一歩を踏み出し、敵将へと向かっていった。


 (つづく)
| Timestageの話題 | 12:40 | comments(0) | trackbacks(0) |
厳島戦記(三十四) 乾坤一擲の巻


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 厳島戦記(三十四) 乾坤一擲の巻
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                       第七部「厳島奇襲戦」




 毛利元就は、風を待っていた。


 天文二十四年(1555)九月二十七日、
 安芸国地御前(じのごぜ/=広島県廿日市市)。


 毛利軍の数倍を擁する大内軍本隊を
 乾坤一擲の謀略で厳島に誘い込んだ毛利元就は、
 その対岸の地御前にひっそりと陣を構えて、厳島を眺めていた。

 総大将の陶晴賢率いる大内軍を、
 ようやく厳島の中に封じ込めることができたが、
 奇襲をかける絶好の機会が、なかなか訪れない。

 相手は二万を超える大軍勢。
 対する毛利軍は、四千にも満たない小勢である。

 よほどの会心の機がなければ、
 いくら奇襲をかけてもあっけなく叩き崩されてしまう。

 舞台は整ったが、幕を開ける機だけが揃わない。

 奇蹟の風は吹いてくれないものか――――。


 謀将・毛利元就に、焦りが募る。



 家臣たちは、このまま地御前で足を止め続けるよりも、
 そのまま陸路を進んで周防(=山口県)に攻め入ればどうかと
 進言していたが、元就には陸路を選べない理由があった。


 大内軍は岩国(=山口県岩国市)にて評定を行なった際に、
 元就の謀略にただ一人気づいた弘中隆包が渡海に反対をし、
 諸将の不興を買って岩国の亀尾城に残されたと聞く。

 ここから周防への陸路を進むには、岩国を経由する必要がある。

 大内軍きっての戦上手である弘中隆包が守る岩国の地を、
 そう簡単に通過することはできないであろう。

 兵力においては圧倒的に大内軍に劣る今、
 何としても、弘中隆包との正面戦闘は避けたかった。

 そのため、周防まで攻め上るには、
 厳島に封じた大内軍を殲滅し、
 厳島を足掛かりにしなければならない。

 元就は、そう考えていた。


 この時、元就には把握できていないことがあった。


 弘中隆包は確かに、大内軍内で孤立し岩国に残された。
 そのことは大内軍に忍び込ませていた間者からは確認済みである。

 だが、その後に弘中隆包が独自に岩国を発って
 厳島に向かったことを知らなかったのである。

 隆包は秘密裏に厳島に渡っていた。

 だから実際には、岩国には隆包の弟・弘中方明をはじめ、
 ほんの百人程度の少数の兵しか残されていない。

 弘中隆包は、毛利元就が厳島を奇襲する機を失った際に
 岩国を通過して周防本国に侵入することのないよう、
 岩国を堅く守備しているように思わせていた。
 
 まさに「空城の計」である。

 毛利元就は弘中隆包の用兵を恐れて、
 岩国経由の陸路ではなく、
 厳島経由の海路にこだわったのであった。

 しかし、厳島に渡る機が来ない。

 元就は天に祈ることしかできなかった。



 九月二十八日。

 大内軍の猛攻に耐え忍んでいた宮尾城も落城寸前との報が入り、
 毛利元就の焦りも頂点に達していた頃、
 地御前の毛利軍の士気が大いに上がる出来事が起こった。


 地御前沖に、村上武吉率いる村上水軍が現われたのである。

 毛利水軍の総勢を大いに超える、約三百隻の船団である。

 その大船団が、大内軍の終結する厳島ではなく、
 地御前の岸へと近づいてきたため、
 毛利の将兵たちは村上水軍が援軍として現れたことを確信し、
 飛び上がらんばかりに喜んだ。


 村上水軍の若き頭領村上武吉が、毛利本陣に到着した。
 
 満面の笑みで毛利元就に迎えられた武吉だったが、
 その表情には曇りが見られた。


 「我ら村上水軍、毛利殿の要請を受けて参上つかまつった。
  ただ、我々が協力するのは海上封鎖であり、
  厳島の戦闘については、どうか勘弁願いたい」

 と言うのである。

 その理不尽な言い草に、毛利家臣たちは反論しようとしたが、
 毛利元就はその要求を快く引き受けた。


 「事情は分かる。安芸守護代だった弘中隆包殿への恩義もあろう。
  厳島への奇襲は毛利勢だけで行なう故、安心なされい。
  大内軍へ助力しないということだけで、我らは大いに助かる」


 毛利元就は、優しく村上武吉に言った。

 村上水軍がたとえ中立の立場に立とうとも、
 大内軍に加勢して敵となることさえなければ
 毛利にとっては十分にありがたいのである。



 九月二十九日。

 夜半頃から、村上水軍の到来と共に、
 いよいよ元就の待ち望んでいた「風」が来た。

 瀬戸内に暴風が湧き始めたのである。

 海は荒れはじめ、波は高まる。


 毛利家臣たちは、ますます渡海の好機を失ったと感じていた。
 これならばもっと早く出航していたほうがよかったと。

 しかし、これこそが
 元就が耐えながら待っていた風だった。


 「おまえたちが不安に思っているのを聞いて、確信したぞ。
  大内側も、我ら毛利がこんな日に
  厳島に来るはずがないと考えている、とな」


 元就は全水軍を、火立岩(ほたていわ)に集結させた。

 そして諸将を集め、軍議を開く。

 毛利元就には、厳島奇襲の図が既に描けていた。


 まず、地御前の火立岩に集結している毛利水軍は、
 暴風雨に紛れて大内軍の目を盗み、
 厳島の東岸にある包ヶ浦(つつみがうら)に着岸する。

 包ヶ浦に上陸後、博奕尾(ばくちお)の尾根に登れば、
 現在宮尾城を攻撃中の陶晴賢の本陣が眼下に見えるはずである。
 そこから本陣を一気に奇襲する、という算段である。

 厳島のわずかな平地に封じられている大内の大軍は、
 本陣を突かれた場合、逃げ場は海にしかない。

 そこで、三男の小早川隆景率いる毛利水軍が
 厳島の北岸を固め、海へ逃げようとする大内軍を討つ。

 もし小早川隆景が取り逃がしたとしても、
 後方で海上警備にあたる村上水軍がそれを食い止める。

 それが、毛利元就の描く奇襲の全図であった。





 九月三十日。

 吹き荒れる嵐はますます大きくなった。


 この悪天候では視界も効かず、高まる波のため転覆の恐れもある。
 さらにこの西風では、完全に逆風である。

 不安に駆られた諸将たちが
 改めて毛利元就に渡海延期を進言するものの、
 元就は、

 「嵐の時だけが、敵の目を盗み厳島に渡れる好機のみである。
  嵐が止む前に必ず出撃する」

 と再三にわたって確認をした。


 恐怖と不安で機が気でならない諸将たちの様子を見て、
 気を奮い立たせる言葉を放ったのは、
 元就の長男・毛利隆元である。


 「この嵐ゆえ、渡海は難しいと思う者も多いだろう。
  確かに困難には違いないが、この嵐が我らを試している。
  幾度となく困難を乗り越えた毛利軍の意地、今こそ見せる時だ」


 普段は弟である吉川元春の武勇、小早川隆景の知略に隠れて、
 あまり自己主張をしない毛利隆元が進んで発言したので、
 諸将はもちろん、元就や弟たちも一瞬唖然としてしまった。

 暴風の音が舞い込む評定の席で、
 隆元はさらに元就に対して問いかける。


 「父上、これから上陸する厳島の場所の名前は」

 「包ヶ浦だ」

 「そこから、博奕尾に登るとおっしゃいましたか」

 「そうだ」


 皆の前で元就に地名を改めて確認した隆元は、
 諸将に向き直って高らかに言った。


 「聞いたか、みんな。
  これから上陸する場所は、鼓(つづみ)の浦。
  そこから向かう場所は、博奕(ばくち)の尾。
  鼓も博奕も、どちらも『打つ』ものだ。
  まさに、我らが打ち勝つための進路だと思わないか」


 隆元の言葉を聞いて、諸将の顔に笑みが戻る。


 「我らは勝利への道を、天から与えられたのだ。
  この勝機を、確実に我らがものにしようではないか!」


 毛利隆元の鼓舞で、毛利家臣たちの士気は大いに上がった。
 みな、顔を見合わせて笑顔でうなずき合う。

 元就は、嬉しそうに目を細めた。


 軍記物の名著『平家物語』の中には、
 源義経が平家を四国へ追討する時に、摂津国(=大阪府)から
 嵐の中を決死の渡海をして阿波国(=徳島県)に上陸する、
 というくだりがある。

 ようやく上陸した際に源義経は、
 その場所が「勝浦」という地名だと聞いて、勝利を確信する。
 そして讃岐国(=香川県)の屋島で劇的な勝利を収める。

 毛利隆元は、その『平家物語』の逸話を
 諸将の鼓舞にうまく利用したのであろう。

 家臣団に一家の方向性を示し、その意気を引きだし士気を上げる。
 隆元は毛利家当主として、確実に成長している。

 毛利元就は、ますますわが軍の勝利を確信した。



 三十日、酉の刻。

 暴風はさらに咆哮を上げ、波浪はますますうねりを高める。
 視界も十分に効かぬ中、毛利軍の決死の渡海が始まる。

 密かに軍船の集まった火立岩では、
 上陸後の合言葉や軍法などの最終確認が行われ、
 兵糧は一日分だけを各自腰に吊るすことが許された。

 一夜限りの決死行の決意の表れである。


 地御前の陣には、無数の篝火が焚かれた。

 大内軍の偵察隊から、
 毛利本隊が渡海したことを気付かれないためである。

 この暴風雨の中、遠くからでもその陣火が揺れているのが
 確認できるほどに。多くの篝火が煌々と陣を照らした。


 一方、厳島へ向かう舟の灯火は全て禁じられた。

 先頭を走る将船のみが松明を掲げ、
 全ての舟はその灯りを頼りに静かに続く。


 高い波が荒れ狂う瀬戸内海へ、
 毛利軍の船は次々に出航した。

 毛利家の命運を賭けた、乾坤一擲の出撃である。


 西日本の戦国地図を大きく塗り替える「厳島の戦い」。

 その奇襲戦の舞台の幕が、
 今まさに上がろうとしていた――――――。


 (つづく)
| 『厳島戦記』 | 13:17 | comments(0) | trackbacks(0) |
厳島戦記(三十三) 秋風渡海の巻


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 厳島戦記(三十三) 秋風渡海の巻
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                       第六部「龍虎攻防戦」




 天文二十四年(1555)九月二十一日。

 陶晴賢率いる二万人の大内軍本隊は、
 毛利軍が急造した宮尾城を落とすべく、
 周防岩国(=山口県岩国市)から厳島へと渡った。

 大軍を乗せた軍船は五百艘とも六百艘とも言われ、
 その威容たるや瀬戸内海史上類を見ない大船団であった。
 

 大内軍の中でただ一人、
 厳島進軍に対して慎重論を唱えていた弘中隆包は、
 評定衆の不和を増大させる恐れを懸念され、
 留守居役としてそのまま岩国に残されることとなった。

 陶晴賢の軍勢が宮尾城を落として厳島を制圧次第、
 再び本土にて合流する手筈となっていた。


 翌朝、岩国の亀尾城から瀬戸内海を眺めていた弘中隆包は、
 ある一つの結論を導き出し、決意を胸にする――――。



 「あれ、どうしたんだ兄上。酒なんか用意して。
  それに義姉上まで」

 亀尾城の広間に呼び出されて来た弘中方明は、
 兄・隆包の前に用意された膳と、
 脇に控える隆包の妻・お紺を見て首を傾げた。
 
 いつもは執務や評定に使われ人の出入りの多い広間には、
 隆包と方明、それに隆包の妻である紺だけがいた。


 「あ、もしかして、晴賢殿の失策の祈願か何かか?」

 「そういうことを言うな。さあ」


 兄の正面に座った方明は、兄から徳利の注ぎ口を向けられ、
 盃を手にしてその酒を受けた。

  
 弘中方明には、不満が大きく募っていた。

 先の軍議で、発言権こそはないものの、
 弘中隆包の付き人としてその背後で控えていた方明は、
 兄が一人、批難の集中砲火を浴びる様子を目の当たりにした。

 そして隆包の静止も聞かず、陶晴賢ら大内本軍は渡海した。

 普段の明察通り、弘中隆包の読みが確実に正しければ、
 陶晴賢らは厳島にて毛利元就に殲滅させられることになる。

 方明はそのことに対して、どこか小気味良さを感じていた。
 大内家に大きく貢献してきた隆包を臆病呼ばわりし、
 ないがしろにした連中を、味方と言えども許せなかったのである。

 毛利元就の策略を深くまで見抜きながら、
 その進言が理解されなかった弘中隆包の無念はいかばかりか。
 方明は兄の心を思うと、胸が痛んだ。


 そんな弟に、弘中隆包は重大な決意を告げた。


 「方明」

 「うん」

 「私は明日、大内本隊を追って厳島へと渡る」

 「……、は!?」


 方明は、驚きのあまり盃を手から落としそうになった。
 紺も夫の発言に、固唾を呑む。


 「な、何言ってんだ……。何を言ってんだ、兄上……!」

 「明朝、私は厳島へ向かう」

 「は?」

 「恐らく、陶殿は宮尾城を落とすことはできないだろう。
  私の手勢は三百人程度しかここに残っていないが、
  そのうち二百を引き連れて、厳島に加勢しに参る」

 「……馬鹿を言うなよ。本気なのか」

 「無論」


 兄の発言に、方明は唖然とした。
 その瞳を見ると、冗談を言っているようには見えない。
 しかし、何かの間違いにしか聞こえない。

 戸惑いながら、方明は兄に詰め寄る。


 「宮尾城は囮だから、厳島に上陸すれば、
  毛利軍の奇襲を受けて必ず殲滅させられてしまう、
  兄上は軍議でそう主張していたじゃないか」

 「ああ」

 「なぜその死地に、自ら向かおうとしてるんだよ。
  兄上がたった二百の部隊で加勢すれば
  戦況は好転するって言うのかよ」

 「いや、大内軍は必ず大敗するだろう」

 「だったらなぜ! 死にに行くようなものじゃないか。
  なぜ、兄上が死にに行かなければならないんだ」

 「それは、私が大内家に身を捧げている家臣だからだ」

 「……理由になっていない!」

 「方明。そして紺も、よく聞くがいい。
  私は明日、隆佐(たかすけ)も連れて厳島に向かう」

 「……なっ。馬鹿を言うな!!」


 感情を極力抑えようとしていた方明だが、
 手にした盃を膳に叩き置き、焦った様子で声を張る。


 「隆佐は……隆佐は、まだ十二歳ではないかっ……!!
  年端も行かぬ嫡男までも、なぜ地獄に連れて行かねばならない?
  それに、亀太郎だって産まれたばかりじゃないか。
  父の顔も覚えぬ年の幼子を残して、死ねるって言うのかっ!」


 弘中隆包には、弘中隆佐という嫡男がいた。

 十年以上前、出雲国(=島根県)の月山富田城への遠征した際、
 弘中隆包の長男・吉尚丸は幼くして病死した。

 この時の君主である大内義隆は、吉尚丸の死を不憫に思い、
 自らの名の一字を取って、吉尚丸に佐渡守隆泰の諡を与えた。

 その直後に弘中隆包は大内義隆から安芸国守護代の任を授かるが、
 その後、待望の次男が産まれた。これがその隆佐である。
 長男の隆泰の早逝により、隆佐が弘中家嫡男となった。

 大寧寺の変が起きてからは大内家の政情も慌ただしくなり、
 隆佐は早めの元服式を迎えることとなった。
 元服した隆佐が授かった官命は、中務少輔である。

 さらに、隆包と紺の間にはその後も男児と女児に産まれ、
 つい最近産まれたばかりの男児には、
 この亀尾城の一字を取って、亀太郎という幼名を名付けた。


 方明は、そんな子供たちを不幸にする兄の考えに反対した。

 既に元服は済ませているとは言え、
 まだ十二歳の少年である隆佐を必敗の地へと導き、
 さらにまだ乳飲み子の亀太郎を残して死へと向かうのは
 言語道断であると、弘中方明は兄に食ってかかった。


 だが、弘中隆包は冷静な表情で語る。


 「方明。我らが亡き父上から、
  嫡男の役割を教わったことを覚えているか」

 「あ、ああ……。俺が元服した時だ」

 「そうだ。その時に父上は、
  嫡男の役割とは主家を守ることだと言ったな」

 「……言った」

 「弘中家の嫡男は代々、大内家にその身を捧げてきた。
  現当主の私も、嫡男の隆佐も、もちろん同じことだ」

 「……」

 「大内軍は今、絶体絶命の死地へと向かっている。
  それが分かっていて、対岸で傍観して戦果を待っていることが、
  果たして主家への務めと言えようか」

 「し、しかし……」


 慌てて反論をしようとする弟を、
 隆包は言葉を先んじて制する。


 「たとえ敗北が分かっていたとしても、
  わずかな可能性を作るために全力で立ち向かうことこそ、
  臣下の役割というものだ」

 「……いや、死んでしまっては同じことではないか。
  生き延びて再起を図るほうが賢明なはずだ」

 「厳島で大内本隊を救える見込みは、ほとんどない。
  だが、本隊が厳島で滅んだ後に大内が逆転を図れる望みは、
  それよりももっと小さいのだ。
  大内を救うのが本望なら、今こそ全力で当たるべきなのだ」

 「だが、兄上も隆佐も死んでしまえば、全て終わりではないか!」

 「ああ。そうなれば、弘中の嫡流はここに終わる。
  だが方明、おまえがいる」

 「……!」


 方明は、言葉に詰まった。

 兄の命の灯火を絶やさぬように必死になっていたが、
 兄は方明の命の方向を向いているように感じたからである。
 
 隆包は続ける。


 「父上は、嫡男の役割は主家を守ることと仰ったが、
  嫡男以外の男子の役割は本家を守ること、とも仰った」

 「ああ……」

 「この戦いで、大内家は毛利に滅ぼされることになるだろう。
  そして、大内家に仕えてきた弘中家嫡流も、ここに終わる。
  だが、おまえが弘中家を作っていける」

 「……」

 「大内家臣下としての弘中家は、大内家の滅亡と共に滅び行く。
  だが、おまえがまた新たな弘中家の系譜を作るのだ。
  大内の家臣としての立場に縛られない、新たな家の系譜をな」

 「兄上……。次男の俺が、そんなこと……」

 「陶晴賢殿も、陶興房殿の次男。
  毛利元就殿も、毛利弘元殿の次男だ。
  だからどちらも、それぞれの家系の発展を目指して、
  厳島で対決を迎えようとしているではないか。
  長男には長男の、次男には次男の、責任と使命がある。
  おまえには、おまえの道の先を見つめてほしいのだ」
  

 兄の言葉に、弘中方明は拳を強く握りしめた。
 その拳は膝の上でガタガタと震え、瞳には涙がにじむ。


 「ここまで粉骨砕身して世に尽くしてきた兄上が……
  こんなことで……、こんなことで命を落とすなんて……。
  こんな事態になったのは、兄上には全く責任のないことなのに……」

 「それは違うぞ、方明」

 「……」

 「安芸国の意識を一つにまとめられなかったのは、私の失敗。
  追い詰められた先主義隆公をお救いできなかったのも、私の失敗。
  この度の陶殿の渡海を止められなかったのも、私の失敗だ。
  全ては、この私の失敗の積み重ねが招いたことだ」

 「兄上は、一つも失敗などしていない……!」

 「事態が悪化したということが、その証となろう。
  最終的に私には、残せた成功などなかったのだ」

 「……違う!」


 弘中方明は、睨むように兄を見つめた。

 その両目からは、涙があふれ出し頬を伝っていく。
 明るい方明が、初めて兄に見せる涙だった。


 「兄上だって……、本当は分かっているんだろう?
  俺たちの本当の敵は、毛利元就ではないってことを……」

 「……言うな、方明。
  それを言うならば、俺はおまえを斬らねばならなくなる」

 「兄上……」

 「私は、大内家臣としての信義を最後まで全うするのだ。
  武士として、当然の務めを果たすまでだ。止めるな」

 「……」
 

 隆包の覚悟は、固かった。
 もはや隆包の決意を止めることなど、誰にもできない。

 しばらく押し黙ってしまった方明は、
 自分に今できることは何かを懸命に考えた。

 何としてでも、兄を救いたい。
 その一心であった。
 

 「……厳島の西方には大江浦という岸がある。
  俺はそこに舟をつけて、兄上を待とう。
  もし本当に毛利の奇襲で危機に陥った時は、
  大江浦まで逃げ延びてくれ。俺が、兄上を救う」

 「ならん!」

 「……!」


 隆包の一喝が、再び方明の動きを止めた。


 「方明、おまえは厳島には絶対に来てはならない。
  この岩国に留まるのだ。これは当主としての命令だ。
  逆らうならば、俺はおまえをここで斬る」

 「兄上……、なぜ……」


 弘中方明は、泣きじゃくった。
 ガクリと肩を落とし、止めどなくあふれる涙に濡れた。

 まるで子供のようにむせび泣く方明に、
 隆包は優しく声をかけた。


 「泣くな、方明。私よりも、おまえのほうが、
  これからの世の中に必要とされる人間だ」

 「……そんなわけないだろ。
  兄上がいなくなれば、俺は……」

 「今の元就殿が強いのは、安芸国が豊かだからだ。
  それは、おまえの商才と軍才が、
  安芸の守護代だった私を助けてくれたからではないか。
  商人や村上水軍らとの交渉をまとめたのも、全て方明の成功。
  安芸と岩国の海軍の軍備をまとめたのも、全て方明の成功だ。
  私がいなくとも、おまえはその力を発揮していける」

 「……」

 「今までよく、この愚かな兄についてきてくれた。
  礼を言うぞ、方明。
  これが、私からの最後の命令になるだろう」

 「兄上……」

 「毛利も、陶も、恨んではならぬ。
  これからは、己の信じる道を行け―――――」


 弘中隆包は、最後の命令を弟に託した。

 方明には、目の前に座っている兄が
 ずっと遠くに離れているような感覚にとらわれた。

 だが、涙でにじむ方明の視界の中でも、
 隆包の目に迷いがないことは一瞬で感じ取れた。

 方明はやるせない気持ちで、うつむいた。
 その床には、涙の池が溜まっていく。


 悲運の兄弟たちの会話を、
 黙って耐えながら傍で聞いていた妻の紺に、
 弘中隆包は声をかけた。


 「すまぬ、お紺。
  今生の別れとなるであろう」

 「……あなた様の決めた道でございます。
  私は黙って見送るだけにございます。
  立派なお務めを果たされるよう、ご武運をお祈り致します」

 「ああ」

 「幸せな日々でございました」

 「私もだ」


 隆包はそっと、盃を差し出した。

 膝を進めた紺はその盃を受け取る。
 紺が微笑むその頬に、ひと筋の涙が流れた。

 隆包も笑顔を返しながら、妻の盃に酒を注ぐのだった。


 心地よい秋風が舞う、岩国亀尾城。

 弘中隆包とその妻、そして弘中方明の三人は、
 心ゆくまで酒を酌み交わした。

 それは、諸国との歴戦の日々、内政の激務の日々であった
 この十五年間という年月の中で、ほんの一瞬の時間である。

 決して歴史書にも残らないこの一瞬を、
 三人は思い残すことのないほどに幸せに過ごしたのであった。

 二度と戻ることのない、この一瞬の時を―――――。


 瀬戸内海の方角へと吹き抜けていく秋風はやがて、
 夜がふけると共に穏やかに消えていった。


 
 九月二十三日、未明。

 弘中三河守隆包は、嫡男の弘中隆佐を連れ、
 わずか二百人の兵を舟に乗せ、厳島へ向けて岩国を出航した。

 陶晴賢率いる大内本隊とは、二日遅れの出航であった。


 残された弘中河内守方明とわずかな守備兵たちは、
 将旗の翻る軍船に向けた拳包の礼の姿勢で、岩国の浜に並んだ。

 皆、隆包の決意に心を打たれて、涙を流している。

 そんな中、昨夜のうちに涙の枯れ果てた弘中方明の眼には、
 これまでに見せたことのない眼光が生まれていた。

 
 毛利元就が十重二十重に仕掛けた、大内軍殲滅の罠。

 弘中隆包はその地獄の舞台へと、船首を向ける。

 その地獄の幕開けは、すぐ目前に迫っていた―――――。



 (第七部へつづく)



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  『厳島戦記』武将列伝 [三十三]
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 ■弘中隆佐 (ひろなかたかすけ)

 大内家家臣。官名は中務少輔(なかつかさのしょう)。安芸国
 (=広島県)守護代・弘中隆包の子として生まれ、新生大内家の
 復権の混乱の最中に若くして元服した直後、弘中家嫡男の運命を
 背負って、父・隆包と共に厳島へと渡海し、毛利軍と対決する。
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厳島戦記(三十二) 岩国評定の巻


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 厳島戦記(三十二) 岩国評定の巻
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                       第六部「龍虎攻防戦」




 東方に睨みを利かせていた
 大内軍随一の猛将・江良房栄を謀略により誅殺させたことで、
 安芸国(=広島県)の毛利元就は、
 さらに周防国(=山口県)への侵攻の速度を速めていた。

 保木城、仁保城、草津城、桜尾城と諸城を次々と調略で落とし、
 着々と周防国境へと軍を進める。

 そして、瀬戸内の水上交通の要である厳島を占拠するや否や、
 島内の要害山に、宮尾城の築城を始めたのである。


 毛利軍の西進を叩くべく、陶晴賢は大内軍本隊を率いて
 周防山口(=山口県山口市)を出立。

 弘中三河守隆包の領地である岩国(=山口県岩国市)に入り、
 永興寺に本陣を張った。


 弘中隆包は毛利軍の宮尾城築城の報を聞き、
 毛利元就が大内本隊との陸地戦を避け、
 厳島へと誘い込んで一網打尽にする作戦であると察した。

 毛利元就は、宮尾城を築城したことを後悔しているという。
 それを聞いた弘中隆包は、
 元就が急造した宮尾城は大内軍をおびき寄せる囮である、
 ということを見抜いたのである。


 だが、そこまで裏を読んだ弘中隆包には、
 一つ大きな誤算があった。
 
 それは、我が軍の総大将である陶晴賢が、
 厳島への進軍を
 何としてでも強行しようとしていたことであった―――――。



 「なりません!」

 永興寺の本陣の軍議の席で、弘中三河守隆包の声が大きく飛んだ。


 陶晴賢が、この岩国の地から厳島へと渡って宮尾城を落とし、
 その後に安芸国に上陸して毛利の本国を叩く、
 という進軍路の案を発表した矢先のことであった。

 いや、陶晴賢に限らず、その評定に参加していた誰もが、
 厳島を経由して安芸へと進軍するのが当然だと思っていた。

 それを、弘中隆包は真っ向から否定したのである。

 陶晴賢は意外そうな顔をして、隆包の意見に耳を傾ける。
 他の諸将も、いぶかしい表情で隆包を見つめた。

 弘中隆包は、厳島進軍を目指す晴賢を諌める。


 「厳島は海上の要衝なれど、大軍の滞留には向きませぬ。
  厳島のような小島に大軍がひしめき合っていれば、
  それこそ毛利軍の奇襲を許して、一気に殲滅させられます」

 「そこまでの事態ではあるまい」

 「毛利元就であれば、必ずそれを狙うでしょう」

 「しかし、厳島を通る利は、それ以上にあるぞ」


 弘中隆包の抗議を制して、陶晴賢が冷静に主張する。


 「そもそも、厳島を毛利が占拠していること自体が問題だ。
  ここを抑えられていては、瀬戸内の交通を握られてしまう。
  そこに、今は厳島を攻め取る絶好の機会がやってきている。
  厳島には天険の山々がありながら、
  毛利元就は三方を海で囲まれた要害山に宮尾城を築いている。
  守備に向かぬ場所に城を築いてしまったと嘆いておるそうだ。
  これは毛利軍に忍び込んでいる天野慶安からも聞いている」

 「それこそ、毛利元就の諜略だと申しているのです。
  元就殿は安芸国内でも宮尾城建設の後悔を流布しています。
  真の後悔であれば、そんなに喧伝して回るわけがない」

 「しかし、これが元就の策ではないとしたらどうする。
  この機を逃せば二度とこのような機会はないぞ。
  それを証明するのが、これだ」


 陶晴賢は、一通の書状を諸将の前に披露した。
 評定に参加する者たちの視線が集まる。


 「これは、毛利の宿将・桂元澄(かつらもとずみ)から内応の書状だ。
  我々が厳島を攻めれば、毛利元就の本隊が吉田郡山城を出るから、
  その機に乗じて、桂元澄は軍を率いて
  毛利本隊が留守中の吉田郡山城に攻め入る、とある」


 「おおっ」と諸将から、感嘆の声が挙がった。


 桂元澄は毛利軍の先鋒隊として、前線の桜尾城に入っていた。

 このまま周防から安芸に攻め入るには、
 桂元澄が守る桜尾城は、必ず大きな壁になると予想されていた。

 その元澄が帰順し、しかも毛利の本国を突くというのである。
 あまりの事態の好転ぶりに、諸将たちは喜びに沸く。

 ただ一人、弘中隆包だけは疑ってかかる。
 

 「馬鹿な。元澄殿ほどの忠臣が、毛利をなぜ裏切るのです」

 「元澄の父・広澄は、かつて毛利元就に粛清されたであろう。
  ただ、元就は元澄のことは許して家臣に加えたままであった。
  そこで元澄は恨みを晴らす機会を狙い、忠臣を演じ続けたそうだ。
  遂にその機会が来たと、喜んで内応を申し出てきたのだ」

 「あまりに時機ができすぎでしょう。なぜ疑わないのです」

 「俺もまずは疑った。そこで、その証拠を見せるように言ったのだ。
  すると、奴は神仏に誓った起請文を送ってきた。
  元澄ほどの男のことだ。神仏に向かって嘘偽りは申すまい」


 内応の書状には、桂元澄の起請文が挟んであった。

 神仏への信仰厚い当時は、起請文の意味はとても深い。
 しかも信義に聡い桂元澄の誓いとなれば、
 陶晴賢たちが信用するのも無理はなかった。

 それでも弘中隆包は納得がいかず、諫言を続ける。


 「たとえ起請文があったとしても、あくまでも紙の上での話。
  本人に直接会って確証を取らない限り、信用するのは危険です」

 「ならば、どうせよと言うのだ」

 「陸路を行くのです。確かに毛利の諸城が障壁となりましょう。
  しかし、この大軍であれば陸戦ではまず負けません。
  それに桂元澄殿の内応が真実ならば、合流もできます」


 そこへ、陶晴賢の家臣である三浦房栄が反論を挟んできた。


 「ならば、桂元澄が申し出ている内応が虚言であれば、
  我々はいっそう苦戦するではないか。
  元澄の守る桜尾城は、陸からの攻めに強い水辺の堅城。
  それならば、厳島から水軍で桜尾城の背後を突くべきだ。
  そのためにも厳島をまず制圧する必要があろう」

 「だから、それが毛利元就の罠だと言っているのだ!
  大内本隊を厳島という小さな箱に詰めること自体が危険なのだ」

 「馬鹿な。そんな小賢しい罠なら、
  この大軍で罠ごと噛み切ればいいだけではないか!」

 「その前に、殲滅させられてしまうであろう」

 「寡兵の相手に何を震えているんだ、この臆病参州が!」


 参州というのは、弘中隆包の官名、三河守のことを指す。
 つまり三浦房栄は、弘中隆包を臆病者呼ばわりしたのである。

 三浦房清の意見に乗って、伊香賀房明、大和興武、山崎勘解由など、
 陶晴賢の臣下たちが一斉に弘中隆包を臆病者と罵り始める。

 その罵倒の中でただ一人、
 弘中隆包は頑として慎重論を崩さなかった。


 「今、毛利は三島の村上水軍にも合力を依頼して回っている。
  そして小早川隆景、乃美宗勝らの毛利水軍も集結しており、
  海への決戦に引きずり出そうとしているのは明らか。
  大軍も取り囲まれて、一瞬で滅ぼされてしまうぞ」

 「毛利軍と村上水軍を合わせても、大した数ではない。
  そのまま返り討ちにすればいいだけだ!」

 「厳島では、返り討ちのために動くには狭すぎるのだ」

 「一つ疑えば、何から何まで疑いの目で見えてしまうわ。
  奉行人風情が、戦を語るな!」


 「……もうやめよ!」


 総大将・陶晴賢の怒号が飛んだ。

 熱のこもった議論の声は、晴賢の声で一気に静まる。


 「それぞれの考えは分かった。
  だが、俺も毛利の策がそれほど深いとも思えないし、
  この機を逃せば、安芸攻略の労力も費用も跳ね上がるだろう」

 「……」

 「弘中殿には申し訳ないが、ここは厳島経由の道を採る。
  毛利軍がそこに集中してくるならば、そこで殲滅する」

 「なりません。必ず滅亡することになりますぞ」


 「くどいぞ、三河守!」「臆病三州は黙ってろ!」と、
 再び三浦房清たちの大声が飛び交った。

 武勇に自信のある陶の将たちは、悲観論が気に食わない。
 弘中隆包に罵倒の集中砲火を浴びせる。

 だが、陶晴賢が次の怒号を発するような視線を察知して、
 諸将たちはかしこまってその言を止めた。

 陶晴賢は、幼き頃からの戦友・弘中隆包に対して、
 厳しくも優しい言葉で語りかける。


 「弘中殿。おぬしの読みが深いことは、よく分かった。
  だが、深すぎて慎重を極めている節もある。
  ここは諸将の意気を組んで、引き下がってくれ」

 「しかし……」

 「おぬしと同じく奉行人だった相良武任が、
  我ら武断派と対立して大内が揺れたあの悲劇を、
  二度と繰り返したくないのだ。分かってくれ……」

 「……」


 弘中隆包は、それ以上は何も言えなくなった。


 陶晴賢が引き起こした「大寧寺の変」は、
 晴賢ら武断派と、奉行人であった相良武任らの文治派との
 対立が引き起こした事変であった。
 そのせいで、歴史ある大内家は危機を迎えた。

 大内家がその轍を再び踏むことを、陶晴賢は憂慮した。

 大内義長を奉じて大内家の再建を果たそうとする陶晴賢の意思は、
 誰よりも硬いものであった。

 もはや、陶晴賢を止めることはできない。

 厳島進軍の決定に湧く評定内の諸将たちの中で、
 弘中隆包はただ一人、唇をかみしめる。


 「残念でございます」

 「そう悲観するな。勝てばよいではないか。
  我らは毛利を凌ぐ大軍なのだ。必ず大勝してみせる」

 「必ず、大敗を招くでしょう」


 往生際の悪い弘中隆包に、三浦房清の怒りが爆発する。

 思わず立ち上がった三浦房清は、隆包に指を差しながら、
 血管の浮き出た険しい顔で叫んだ。


 「三河守! おのれの悲観論は、大内全体の士気に関わるわ!
  おまえのような輩がいると、楽勝で勝てるものも勝てぬ。
  そんなに怯えるなら、この岩国に残るがいいわ!」

 「……」


 殺気立つ評定の様子を見ながら、
 陶晴賢は意を決して弘中隆包に告げる。


 「弘中殿。三浦たちの言い分ももっともだ。
  今回は諸将の意も汲み、厳島へと渡ることとする。
  弘中殿にはその間、この岩国にて待機してもらう」

 「陶殿……」

 「案ずるな。この厳島の戦、すぐに終わろう。
  宮尾城を一日で落として、再び内地へ上陸する故、
  その時にまた合流しようではないか」

 「………」

 「宮尾城ごとき小城、一日か二日もあれば落とせよう。
  攻略が終わり次第、再び陸地に戻って弘中軍と合流だ。
  厳島への渡海は、九月二十一日とする!」

 「おう!」「おう!」


 陶晴賢の号令に、諸将が奮い立った。

 弘中隆包は一人、苦衷の念でたたずんでいた。



 陶晴賢は、決して弘中隆包の諫言が煙いわけではなかった。

 自分自身が守護大名・大内義長の諌め役であるように、
 総大将である自分にも諌め役は必要だと思っている。
 だから、自分と意見を異にする者がいることはありがたい。


 ただ、自分の最大の仕事は決断であると自認していた。

 先主・大内義隆公の時代の軍議は、
 評定衆の中で武断派と文治派が対立した際に、
 議長役である大内義隆は更なる議論によって解決を求めるため、
 戦のような非常事態でも決断が遅かった。

 その不利を改善し、大内義長の時代の軍議は、
 武断派の筆頭である陶晴賢自身が議長役となり、
 議論が揉めた時には自分が早めに決断を下すことで
 軍議全体の決定を早められるようにした。

 今回の評定も、弘中隆包の諫言には一理あるものの、
 自分の意見に同調する将が多い中、
 決断を早めて迅速な進軍をする必要があると考えた。
 
 この決断は決して間違いではない。
 少なくとも、決断を遅らせるよりは絶対に良い。
 陶晴賢はそう信じて疑わなかった。



 こうして、天文二十四年(1555)九月二十一日、
 陶晴賢率いる大内本隊、約二万の大軍勢は、
 毛利元就の築いた宮尾城を落とすべく、厳島へと渡った。

 それを毛利元就の謀略であると見抜いた、
 弘中三河守隆包を岩国に残して―――――。


 この厳島への進軍が、
 西国の勢力図を大きく塗り替える一大事につながることなど、
 陶晴賢とその配下は誰も予期していなかった。

 西国の戦国史の大転換点となる「厳島の戦い」まで、
 いよいよ十日を数えることとなる―――――。


 (つづく)



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  『厳島戦記』武将列伝 [三十二]
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 ■桂元澄 (かつらもとずみ)

 毛利家家臣。かつて父の桂広澄を毛利元就に殺されたが、その後も
 毛利元就に忠節を誓って仕える。厳島の戦いの際には桜尾城に入り、
 陶晴賢に内応の意志を見せ、決戦へと導く。桂氏はその後毛利藩の
 家臣として続き、子孫からは桂小五郎、桂太郎などが世に出た。
| 『厳島戦記』 | 19:40 | comments(0) | trackbacks(0) |
厳島戦記(三十一) 村上水軍の巻


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 厳島戦記(三十一) 村上水軍の巻
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                       第六部「龍虎攻防戦」




 波の穏やかな瀬戸内の海に、
 険しい岩壁に囲まれた島が見えてきた。

 伊予国(愛媛県)の沖に浮かぶ、能島(のしま)である。
 まさに天険の要害であった。

 その能島に、一艘の小さな舟が向かう。
 
 その小舟に乗っているのは、弘中河内守方明。
 他には舵役として小山弥右エ門だけを連れている。
 
 弥右エ門の漕ぐ船に揺られながら、
 弘中方明はただ真剣な眼で、能島を見つめている。

 その脳裏には、数日前の出来事がよぎっていた――――。

 

 「残念だが、村上水軍は隆包殿には味方はしないであろう。
  こればかりは、わしの力では何ともできぬ」

 「……くそっ」


 弘中方明は、右手の拳を机に叩きつけた。

 方明と対面するのは、安芸国(=広島県)祇園の大商人、
 堀立直正(ほたてなおまさ)だった。

 弘中方明の妻の父でもある。

 堀立直正は娘と方明の婚姻が縁で、
 安芸国守護代時代から弘中隆包を経済面で大きく支えてきた。

 そして、瀬戸内圏内に勢力を張る村上水軍たちを
 弘中隆包に引き合わせたのも、この堀立直正であった。

 しかし、大内政権を動かす陶晴賢の政策に不服とする村上水軍は、
 いかに恩のある弘中三河守隆包と言えども、
 陶晴賢に合力したからには協力できぬ、と
 堀立直正に漏らしたという。

 それが村上氏から兄隆包に直接伝えられていないことが、
 弘中方明には腹立たしかった。


 「義父上、今すぐ能島の村上武吉に引き合わせてくれ」

 「武吉殿に……」

 「今すぐだ。今すぐでなければ、兄上は死んでしまう。
  義父上も、兄上にどれだけの恩を受けているか分かってるだろ」

 「それはそうだが……」

 「頼む、義父上っ!」



 瀬戸内海の芸予諸島に勢力を持つ村上水軍は主に、
 村上武吉率いる能島村上氏、村上吉充率いる因島村上氏、
 村上通康率いる来島村上氏の三氏があった。

 もともとは同族であるこの三氏をまとめて三島村上水軍とも呼ぶ。
 
 その三氏の中でも能島村上氏は筆頭格にあるが、
 当主である村上武吉はまだ二十歳前後の青年である。

 武吉の若き家督相続には、同族内で壮烈な血の争いがあったが、
 弘中隆包の大きな助力もあり、武吉は当主の座に就くことができた。

 そんな村上水軍が、三氏そろって陶晴賢についた弘中隆包を見限り、
 敵対する毛利元就へと協力しようとしている。

 弘中隆包の弟・方明はそんな村上水軍の心が許せず、
 堀立直正に無理して仲介を頼み、
 漕ぎ手の小山弥右エ門のみを一人連れて、
 能島(=愛媛県今治市)へと向かったのであった。

 

 方明が数日前の堀立直正との面会までのことを
 思い出しているうちに、舟は能島の岸に着いた。

 弥右エ門を舟に残し、弘中方明はただ一人、
 能島の岩上に築かれた能島城へと乗り込む。


 伊予の大島と鵜島に挟まれた急流に浮かぶ能島は
 三方を断崖とする天然の要害であり、
 そこに築かれた能島城は、能島村上氏の本拠地となっていた。

 能島全体が城塞化されており、曲輪が複雑に入り組んでいた。
 そしてその中に、砦の役目を果たす能島城が築かれている。

 流木を活用して比較的簡素に作られた能島城に入った弘中方明は、
 かつて見慣れた二人の将に偶然出くわし、足を止めた。


 「……か、方明殿ではありませんか」

 「……隆景殿か」


 その相手は、毛利元就の三男である小早川隆景と、
 その配下の将・乃美宗勝であった。

 二人はかつて弘中方明と共に芸備を計略しながら、
 方明から水軍の兵法を学び取った若き将であり、
 今ではもちろん、敵対する相手である。

 小早川隆景たちの姿を村上水軍の居城で目にしたことで、
 弘中方明は兄・隆包の予測が間違いないことを確信した。

 毛利は陸戦ではなく、内海で勝敗を決しようとしていると。


 小早川隆景は一瞬驚いた表情をしたものの、
 いつもの穏やかな表情のまま、かつての戦友と言葉を交わす。


 「まさか方明殿とこんなところでお会いするとは」

 「ほんと、奇遇だな。村上水軍を抱き込みに来ていたのか」

 「ええ。毛利も必死でしてね」

 「そうか、能島の村上は毛利に味方するのか」

 「いや、先ほど武吉殿に会って協力を要請したのですが、
  武吉殿はまだどこか迷って見えます。
  やっぱり隆包殿から受けた多大な恩を感じてるのでしょう。
  さすが隆包殿です。その仁徳が我らの戦略を阻みますね」


 敵同士ではあるが、弘中方明も小早川隆景も
 刀を抜く気配すらない。
 それどころか、お互いの手の内まで話している。

 隆景の背後に控える乃美宗勝は、
 何かあれば抜刀して弘中方明に斬りかかるつもりであったが、
 敵対しているはずの二人は、
 どこか笑い合っているようにも見えた。

 芸備攻略で戦線を共にした二人には、
 何か大きく心に通じ合うものがあるのだろう。


 「まだまだ方明殿には、水軍の法をたくさん学びたかった」

 「今の俺は、率いる水軍もない、ただの一武士に過ぎない。
  この戦が終わったら、逆に俺が隆景殿から教わるだろう」

 「ご冗談を。ではこの戦、早く決着がつくように祈りますか」

 「そうだな」


 弘中方明と小早川隆景は、小さくうなずき合って別れた。

 これからの決戦、敵味方に別れて争わなければならない、
 戦国の世の運命の不思議さを改めて実感する二人であった。


 
 能島村上水軍の当主・村上武吉が上座に座る広間には、
 他にも部下の海賊たちがひしめき合っていた。

 その殺気立った雰囲気の中、
 弘中方明は単身広間の中央へと入っていき、
 武吉の前に平然と腰を下ろした。

 潮の香りと波の音が、広間を駆け抜ける。

 
 「方明殿。久しいな」

 「元気そうだな、武吉」


 若き当主、村上武吉は久しぶりの来訪者に笑顔を見せる。
 家督継承争いの際、また商的交渉の際、
 安芸国守護代・弘中隆包の窓口となっていたのが方明であり、
 武吉は方明と共に能島村上家の将来設計を語り合ったものである。

 堅苦しい周防山口の貴族気取りの武士たちとは違い、
 弘中方明は海の男の気質らしい明朗な性格だったので、
 武吉とは妙に馬が合った。


 「堀立直正殿から直接依頼があったんで会うことにしたが、
  どうされた。陶晴賢の使いで来られたのか」

 「陶は関係ない。俺は俺で、聞きたいことがあって来た」

 「我らが能島村上が、弘中殿を裏切るかどうか、だろ?」

 「裏切るかどうかではない。どうせ裏切ろうとしているだろう。
  だから、聞きに来たのだ」

 「何?」

 
 弘中隆包から何かしらの使いは来ると思っていたが、
 方明の意外な言葉に、村上武吉の表情が曇る。
 

 「一体、何を聞こうと言うんだ」

 「おまえら海賊どもが、信義をどのように思っているのかってな」

 「信義……か」


 方明は、武吉の眼を見つめたまま視線を全く動かさない。
 村上武吉は一呼吸おいてから、再び口を開く。


 「隆包殿には、何の恨みも辛みもない。
  むしろ今の村上水軍があるのは隆包殿のおかげと言っていい。
  だが、俺たちは陶晴賢に味方するわけにはいかないのだ」

 「陶殿が瀬戸内の商慣習に無茶な手を入れたのは知っている。
  だから、弘中も捨てて、毛利に組するというわけか」

 「……いいだろう。方明殿だから、正直に話そう。
  今、陶晴賢からも毛利元就からも、双方から書状が来ている」

 「先ほどそこで小早川隆景殿に会ったが、
  その書状を携えて来たんだな」

 「そうだ。毛利元就は、我らに何と言ってきていると思うか?」

 「協力して大内軍を破ったあかつきには、以前に廃止された
  警固料の徴収を村上氏に認めるとか、そういうことだろ」

 「ああ。だが、それだけではない。
  『一日だけ加勢してほしい』と言ってきているのだ。
  協力はたった一日でいい、とある」

 「……」

 「それに比べて、陶晴賢からの依頼はどうだ。
  大内軍に服従し、物資の提供まで迫ってきているのだ。
  陶は今よりもさらに我らを押さえつけようとしている。
  我らは、大恩ある隆包殿には弓を引くつもりは毛頭ない。
  だから、たった一日程度の加勢であれば、
  さほど隆包殿への信義に反することもあるまい」

 「……本当にただの泥棒に成り下がったか、村上水軍は」

 「あ…?」


 村上武吉の片方の眉が吊り上った。
 そして、周囲に座る能島村上の海賊どもも
 聞き捨てならないとばかりに、一斉に弘中方明を睨みつける。

 だが、全くひるむ様子もなく、逆に方明は大声を放つ。


 「今、従来の警固料無くとも生きていられるのは誰のおかげだ?
  我が兄・弘中隆包が、不正で不透明な権利は取り上げたけれど、
  その代わりに造船の技術や武具製造の技術を一から教え、
  その製品を毛利ら安芸の国人に販売できる流通を整え、
  商人として生きていけるよう育ててやったからではないか」

 「……」

 「その恩恵はそのままありがたく有しておきながら、
  警固料のような目先の利益をぶら下げられたら飛びつく。
  一日だけの裏切りなら信義には反しないだと?
  海賊どもの信義というのは、案外薄っぺらいもんだな!」


 方明の怒号を聞いて、「何を!」「言葉が過ぎるぞ!」と、
 周囲の海賊たちが刀の柄に手をかけて次々と立ち上がった。
 当主の村上武吉は、片手をあげて彼らを制する。

 殺気立つ海賊たちに囲まれながらも、
 方明の怒りは止まらなかった。
    

 「武吉。おまえの家督相続争いの時におまえを支えたのは、
  確かに小早川隆景殿、乃美宗勝殿たち毛利水軍だ。
  だが、それを毛利に指示していたのは誰だと思っているんだ。
  安芸国守護代だった、弘中三河守隆包ではないか」

 「……」

 「もともと村上水軍に警固料を認めていたのは大内家だった。
  そして警固料が無くても多くの生業を与えたのも
  大内家の弘中三河守だ。おまえらは大内に守られてきたのだ。
  その大内に、よく弓が引けるものだな」

 「け、けど……」

 「そもそも、瀬戸内にのさばるおまえら村上水軍を
  あの家督相続の混乱の中で潰そうと思えば、
  俺が指揮する岩国水軍でいくらでも潰せたのだ。武吉。
  それを、長年おまえらの海賊行為に悩まされたはずの兄は、
  瀬戸内の商圏を支えられる真っ当な商人として見込んで育てた。
  そんな兄を、おまえは一日でも敵に回せると言うんだな」

 「……」

 「俺が聞きたかったのは、おまえら海賊どもの心の奥底の信義だ。
  よく分かった。おまえらはただの下衆な海賊だったってな」

 「方明殿……」


 若干うろたえている村上武吉を前に、弘中方明は立ち上がる。

 周囲の海賊衆は警戒して刀の柄を握った手に力を込めるが、
 方明は武吉に攻撃を加えるわけでもなく、
 懐から一通の書状を取り出して、武吉の眼前に差し出した。

  
 「これは、我が兄から預かった、おまえ宛の書状だ。
  俺は中身は知らん」

 「これを、隆包殿が……」


 村上武吉は、弘中方明から書状を受け取った。

 武吉は後ろめたい気持ちで、その書状を開いて目を通す。
 そして、その内容を読み進めながら目を見開いた。


 「こ、これは……」

 「なんだ。兄上も、おまえらを不義の海賊と見下げ果てていたか」

 「いや……違う。隆包殿は……」


 村上武吉は、震える手でその書状を方明に見せた。

 方明は奪うようにつかんで、兄の書状を読み進めていった。
 そして、その内容に唖然とする。


 そこに書かれていたのは、
 今回の村上水軍の裏切りを非難する内容でも、
 また大内軍に助力を乞う内容でもなかった。

 もし村上水軍が毛利軍の傘下に収まった時に、
 戦力の提供の仕方、
 またその際の資金源の作り方の工夫などが
 詳細に書き込まれていたのである。

 弘中隆包は、いかなる状況にあっても今後の村上水軍が、
 海賊行為に及ぶことなく誇りある武力の行使を行ない、
 その資金の調達においても真っ当な商取引を行なえるようにと、
 この戦況の中にあっても気を配っていたのであった。

 
 兄のあまりのお人よしぶりに、弘中方明は溜め息をついた。

 この村上水軍の離反で、自分は命を落とすかもしれないという時に、
 瀬戸内の経済圏の将来の発展を気にしていたのである。


 弘中方明は呼吸を整えると、兄の書状を静かに床に置いて、
 踵を返して部屋を出ようとした。

 後方に座る海賊たちが、無言のまま道を開けていく。

 村上武吉が何か言葉を賭けようとした時に、
 方明は足を止めて、半ば振り向きながら武吉に行った。
 

 「好きにしろ、武吉。おまえは能島村上家の当主だ。
  村上水軍の今後にとって最も良い道を選べばいい」

 「方明殿……」

 「ただ一つだけ、俺から望みを言ってもいいか」

 「……ああ」

 「毛利への義もあるだろう。
  兄も大内への加勢を願ってないし、味方しろとも言ってない。
  一日の加勢も、別に構わない。
  だが、参戦はしても手出しはしてくれるな」

 「……」

 「弘中隆包に一矢でも放ったら、俺は全身全霊を賭けて、
  不義のおまえを誅殺するだろう」

 「……」

 「賊になり下がるな。誇り高き海の男になれ。武吉」


 方明は、武吉の目に訴えると、
 海賊たちをの間を抜けて、静かに部屋を出て行った。

 村上武吉は、弘中隆包の書状に再び目を落とした。
 そして目を強くつむりながら、その書状を握りしめる。



 ――――これより三十年以上の後の話になるが、
 天下を手中に収めるほどの権力を手にする豊臣秀吉が
 天正十六年(1588)に「海賊停止令」を発布し、
 各地の水軍たちは従来の海賊行為を禁止されることになる。

 だが、弘中隆包が村上武吉に送った書状の中には、
 村上水軍が海賊行為を放棄した後に
 どのように生きていくべきかが既に指示されていた。

 その書状の内容が影響したかどうかは定かではないが、
 能島村上氏は海賊停止令が発布された後も、
 毛利長州藩の家臣として生き続けることとなる。



 毛利元就の諜略が村上水軍にまで及び、
 大内軍と毛利軍の決戦はもはや避けられないものとなった。

 西国の勢力図を大きく塗り替えることになる
 一大決戦「厳島の戦い」まで、
 残すところわずか五ヶ月。

 龍虎の激闘は、今そこまで迫っていた――――。


 (つづく)



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  『厳島戦記』武将列伝 [三十一]
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 ■村上武吉 (むらかみたけよし)

 瀬戸内海に威を振るった村上水軍の頭領。大内氏、毛利氏の助力で
 家督争いに勝ち、若くして能島村上氏の当主の座に就き、村上三氏の
 筆頭格となる。厳島の戦いの後もその海軍力を発展させていったが、
 豊臣秀吉の海賊停止令の後、毛利家の家臣として命脈を保つ。
| 『厳島戦記』 | 20:12 | comments(0) | trackbacks(0) |
厳島戦記(三十) 死地囮城の巻


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 厳島戦記(三十) 死地囮城の巻
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                       第六部「龍虎攻防戦」




 弘中三河守隆包は、
 周防国岩国(=山口県岩国市)にある琥珀院で、
 離反の疑いのある陶配下の猛将・江良房栄を誅殺した。

 陶晴賢から太刀を一旦は受け取ったものの、
 毛利元就の謀略に気がついている弘中隆包は
 もともと江良房栄を斬るつもりはなかった。

 しかし、江良房栄が隆包に反発して毛利への投降を口走ったため、
 隆包はやむなく自らの太刀で江良を斬り捨てたのである。


 大内軍の東方防衛の全権を握る大将を失ったのであるから、
 その権限を後任の将へと即刻引き継がなければならない。

 そのため、江良房栄が本陣を張っていた琥珀院にて、
 帳簿や政務報告書など各種書類を整理している時のことである。


 「何ということだ…」

 弘中隆包が、唖然として声を絞り出した。

 書面をにらむ隆包に、弟の弘中方明が声をかける。


 「どうしたのだ、兄上」

 「これを見ろ」


 険しい面持ちで兄が手渡した書簡に、方明は目を通した。
 読み進めていくうちに、何度も固唾を飲む。

 その中には、自分たちが知らされていない事実が
 多数刻まれていたのである。



 瀬戸内海は、古来より数多くの貿易船が行き来をする内海である。
 そこには、以前から特殊な経済事情があった。


 瀬戸内に浮かぶ芸予諸島には、能島村上氏、来島村上氏、
 因島村上氏、伊予河野氏など、いくつかの水軍が土着していた。

 水軍と言っても、要は海賊衆である。

 彼らは強力な水軍を保有して瀬戸内海の制海権を抑えており、
 独自に海路上に関所を設けて貿易船から通行税を徴収し、
 また、海上での警護を名目に警備費を受け取るのを業とした。

 応じない貿易船にはその圧倒的軍事力で攻撃を仕掛けるので、
 瀬戸内を航行する海運事業者たちから恐れられていたが、
 先の西国守護である大内義隆は、それらの権利を公に認めていた。
 つまり通行料や警固料は公式のものとなっていたのである。


 その従来の慣習を大きく変えたのは、
 その大内義隆の命を受けて安芸国(=広島県)の守護代となった
 弘中三河守隆包であった。


 隆包は、貿易の国際化は遠からず進んでいくと主張した。

 今後通商がいっそう開かれていけば、
 一部の氏族が通行料や警備料を独占するのは時代に合わなくなる、
 と隆包は考え、各水軍が独自に税を徴収する権限を廃して、
 海上の関所や警備は大内軍の公の業務として一本化した。


 その代わりに、彼ら海賊衆には造船技術を習得させたり、
 水産業や手工業などへの転換を奨励したりするなどして、
 独自で生計を立てられるように厚い手助けを行なった。

 これには、弘中隆包の弟・方明の妻の父にあたる
 安芸国祇園の商人、堀立直正の尽力があった。

 岩国の水軍を率いて瀬戸内の事情を知り尽くしている弘中方明が、
 堀立直正の仲介により海賊衆の頭領たちの説得に回ったのである。

 守護代弘中隆包の言い分には筋が通っていたし、
 何より造船業や水産業への技術の提供を大きく受け、
 また水軍の戦力の一部を岩国水軍が有償で借り受けるなど、
 経済的にも有利な条件も多く与えられたため、
 どの水軍も弘中隆包の提案を喜んで受け入れたのだった。

 弘中隆包の安芸守護代時代の経済政策は、
 瀬戸内に勢力を張っていた水軍衆たちも納得し、
 次第に近代化が進んでいったのである。
 

 大寧寺の変の後、弘中隆包は安芸国守護代の任を解かれ、
 大内家評定衆の奉行人へと転身した。

 評定衆の奉行人は主に周防本国の内政を担当するので、
 瀬戸内の水域の政治は、東方守備にあたる将が引き継いだ。
 つまり、江良房栄がその仕事を担ったわけである。


 弘中隆包が各文書を見て驚愕したのは、その後の話だった。

 瀬戸内海の海路の中継点である厳島を抑えていた陶晴賢は、
 貿易船が従来の水軍への警固料を免除されている代わりに、
 厳島に寄港する貿易船は大内家への礼金を徴収することを義務付け、
 江良房栄に命じて強引に徴収させていたのである。

 海賊衆の権利を一度は奪っておきながら、
 その事実を使って新たな金銭を徴収することにしたのだから、
 これは海賊衆への信義に対する完全な裏切り行為である。

 さらに、弘中方明が岩国水軍を率いていた頃には
 対価を支払って村上水軍らの戦力を借りていたが、
 陶晴賢が弘中方明から岩国水軍を接収して大内水軍に一元化し、
 その水軍の指揮を陶家家臣の白井賢胤に任せてからは、
 戦力の有償借り受けも廃止していたのである。 

 時には、通商権の対価として金銭の供与を
 村上水軍に強要していることも判明した。


 難しいことを考えるのが苦手な方明であったが、
 今回ばかりは、事態がますます悪化していくことぐらいは分かる。


 「これでは村上水軍も河野水軍も、黙っちゃいないぞ。
  兄上の守護代の頃の政策も水の泡になってしまう」

 「陶殿はこんな形で新たな財源を作ろうとしていたのか。
  何という浅はかな…」


 弘中隆包は、大きな溜め息をついた。



 確かに、現在の大内氏には、次なる財源確保が急務であった。

 先代の大内義隆はいくら貴族風の煌びやかな贅沢を行なっても、
 独自で大陸との日明貿易を行ない巨万の富を確保していたから、
 比較的財政は潤っていた。

 ところが、大寧寺の変の後に大内義長が大内家を継いでから、
 中国大陸の明の帝室は、大内義長のことを
 先代を自刃に追い詰めて政権を奪取した簒奪者だと見なしており、
 正式な後継者とは認めず、日明貿易を打ち切っていた。

 その結果、陶晴賢は新たな財源を探す必要が出てきたため、
 瀬戸内海の経済水域の利権に目を付けたのである。

 それを陶晴賢の直属の部下である江良房栄が行えば、
 本国の内政を取り仕切る奉行人を通さず軍事費として徴収でき、
 また大内氏より先に陶氏を通すことで、陶氏も潤う。

 そのため、陶晴賢は本国奉行人の弘中隆包に話を通さずに、
 独断で安芸国水域の利権に手をつけていたのであった。



 「これでは、村上水軍らは大内氏を完全に見限ってしまう。
  今なら、元就殿がその反発を利用しないわけがない」

 「どういうことだ、兄上」 

 「毛利家が再び村上氏に通行税や警備料の権利を約束することで、
  村上水軍の勢力を味方に引き入れようとするだろう」

 「しかし、毛利軍の兵力は四千足らずで、
  村上水軍や河野水軍らが集まってもせいぜい一千程度。
  我ら大内軍は二万はいるから、さほど気にしなくてもいいのでは」

 「そこよ。これを見ろ」


 弘中隆包は、机上に瀬戸内の地形が描かれた地図を広げた。
 内海の中に、無数の離島が描かれている。


 「新宮党の壊滅で、背後の尼子からの脅威を除いた毛利軍が、
  大内氏に対抗しようと助けを求めるなら、水軍衆しかいない」

 「他にはいないのか、兄上」

 「大内の背後を衝かせるなら、九州の大友家が該当するが、
  義長様が元々は大友家のご出身なのだから、それはあり得ない。
  他に外部で借りれる力と言えば、水軍衆だけだ」

 「でも、水軍全てを合わせても大内軍の兵力には到底及ばないぞ…」

 「そうだ。だから私がもし毛利元就殿ならば、
  海の戦に慣れている村上水軍や河野水軍の力を借りて、
  何としてでも大内軍との決戦の場を海に持っていくだろう」


 弘中隆包は地図上の安芸の内海あたりを大きくなぞった。

 これまで岩国海軍を率いていた弘中方明にとっては、
 海の戦いとなればかなりの自信を持っている。
 だが、方明には兄の予測がどうも納得できない。


 「しかし兄上、大内軍は大半が、陸を行く歩兵部隊だ。
  たとえ毛利が大内軍の一部である水軍に勝利したとしても、
  大内軍全体にとっては大して痛くも痒くもないのでは?」

 「確かにその通りだ。だから陸軍もうまく海域へ引きずり出して、
  水軍を使って一網打尽にしてしまう戦法を取るのだ」

 「わざわざ陸軍が陸から海へと移動してくるのを待つなんて、
  そんなことがあり得るだろうか」

 「だから、何とかして誘い出すよう謀るのだ」

 「どこにだよ」

 「うむ。そんな大軍を一気に叩くために封じ込められる場所は、
  瀬戸内水域でもわずかな数に限られてくる。
  自分が元就殿なら、例えば―――――」


 弘中隆包は、瀬戸内海の地図の上を人差し指でなぞっていく。

 そしてその指は、一つの島の上で止まった。


 「厳島だ――――」



 厳島は、一周が七里ほどある島で、
 古来より瀬戸内海の交通の要衝として栄えてきた島である。

 平清盛が厳島神社の社殿を修造して保護を行なったように、
 内海の安全のための信仰と崇敬を集めている場所で、
 多くの貿易人や参拝客でにぎわい、宮島とも呼ばれる。


 安芸国と周防国を行き来する際には、陸路を通るよりも、
 参拝も兼ねながらいったん厳島へと渡って、
 島を経由して陸へ戻るという場合も一般的に多くあった。

 弘中隆包自身も、吉田郡山城や月山富田城などへ遠征した際に
 何度も厳島に寄って戦勝祈願を行なったものである。

 つまり、大内軍のような大軍であっても、
 渡海をすることについてはそれほど不思議なことではなかった。


 そこで弘中隆包は、
 毛利元就は厳島などに大内軍を引き寄せるために
 いろいろと策を講じてくるに違いないと踏んだのである。

 そしてその海上での一大決戦に臨むためには、
 大内から心が離れていくであろう海賊衆の力を借りるだろう。

 そのように弘中隆包は毛利の動きを読み取った。


 それを予測してからの弘中隆包の行動は早かった。

 弟の方明に、義父である堀立直正を介して
 村上水軍にすぐに接触するよう命じた。

 そして自らは陶晴賢へ江良誅殺の一部始終の報告と
 毛利対策の進言のために、すぐに周防山口へと戻った。



 「自分が毛利元就ならば、厳島あたりに大軍を誘い込む――――」

 そのように弘中隆包が元就の作戦を予想した頃、
 山口の陶晴賢の耳にも、新たな情報が入ってくるようになった。


 その第一報は、毛利元就が厳島の北部の要害山という小山に、
 宮尾城を築城したということであった。

 いよいよ、毛利元就は瀬戸内の交通の要衝、
 厳島に狙いを定めた。


 「やはり、厳島を狙ってきたか……」


 弘中隆包は、元就の思惑が読めた。

 大内の大軍を厳島という死地におびき寄せるために、
 元就は壮大な罠を準備しているのだ、
 ということも見抜いた。


 確実に、毛利の手によって厳島の要害山に築かれた宮尾城は、
 大内軍を一網打尽に陥れるための囮城である――――。

 
 そこまで毛利元就の手の内のほぼ全てを読みながら、
 弘中隆包にはただ一つ、大きな誤算があった。

 その意外な誤算が、大内の大軍を、
 そして弘中隆包の運命を決定づけることになる――――。

 
 
 (つづく)



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  『厳島戦記』武将列伝 [三十]
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 ■大友義鎮 (おおともよししげ)

 豊後国(=大分県)の戦国大名。大寧寺の変で周防国(=山口県)の
 大内義隆の死去後、弟の大友晴英を大内義長として大内家に送る。
 後に大友宗麟と号し、九州に覇を広げるキリシタン大名となるも、
 大内家滅亡後は毛利氏や島津氏と激闘を繰り広げることになる。
| 『厳島戦記』 | 03:37 | comments(0) | trackbacks(1) |
厳島戦記(二十九) 江良誅殺の巻


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 厳島戦記(二十九) 江良誅殺の巻
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                       第六部「龍虎攻防戦」





 周防岩国(=山口県岩国市)の琥珀院(こはくいん)は、
 弘中隆包の居城・亀尾城から
 西にやや歩いた場所に建てられた寺院である。

 大内軍随一の武勇と名高い猛将・江良房栄は、
 安芸国(=広島県)からの毛利軍の侵攻に備えて、
 陶晴賢から預かった数千の兵を率いて岩国に入り、
 その琥珀院に本陣を構えていた。

 大寧寺の変の後、九州宗像の平定、三本松城攻略と転戦し、
 しばらくは所領の岩国へ戻ることのできなかった弘中隆包は、
 弟の弘中方明と共に久方ぶりに亀尾城に帰ったが、
 その後すぐに、江良房栄の駐屯する琥珀院へと向かった。

 陶晴賢から預かった太刀を手に――――。



 「これは弘中殿」


 房栄は弘中隆包を正門まで出迎えた。

 弘中隆包は大内家の評定衆で奉行人筆頭。
 対する房栄は陶晴賢の家臣という立場ではあるが、
 これまで二将は、出雲遠征や芸備攻略などで
 長らく共に戦場を駆った戦友である。

 弘中隆包はこれまで
 陪臣である江良房栄とは身分関係なく接していたが、
 今日は陶晴賢の遣いとしての対面であるため、
 序列の順に従い、隆包が上座へと腰を下ろす。

 隆包の正面に房栄が座り、
 そのずっと後方に弘中方明が静かに座った。


 弘中隆包は一呼吸置くと、左手に持った太刀を
 鞘ごと江良房栄の前に差し出した。


 「これは、陶晴賢殿から預かった太刀だ」

 「晴賢様の」

 「江良殿。主の太刀に誓って、これから嘘偽りを申さぬよう」

 「何と。俺は嘘などつかぬ」


 江良房栄は、思わぬ隆包の発言に多少驚きながらも、
 全く身にやましいことがないため、しっかりと答えた。
 
 房栄に二心がないことは、隆包もよく分かっている。
 

 「ならば聞こう。江良殿、おぬし、
  安芸の毛利元就から内応の誘いを受けているな」

 「元就から……?」

 「隠すことはない。この隆包にも来たからな」

 「弘中殿にもか。その通り、いつぞや書状は来た」

 「そうか。どうされた、それを」

 「大内を裏切って毛利へ寝返れば三百貫は用意するとあったので、
  ふざけるなと、すぐさま返してやったわ」

 「……ぬかったな。江良殿」


 弘中隆包は溜め息が混じったような声で言った。 
 江良房栄には、隆包の言っている意味が解らない。


 「何がだ」

 「何ゆえ、それを主君である陶殿に知らせなかったのだ。
  なぜ独断で毛利へ書状を返すようなことをしたのだ」

 「何を言う。これしきのこと、なぜいちいち報告が要るか」

 「これしきのこと? 
  そのこれしきのことが、今どうなっているのか知っているか」

 「どういうことだ?」

 「江良殿は毛利の三百貫での報酬に対し、さらに上乗せを要求した。
  陶殿の耳には、そのように入っているぞ」

 「……何だと!?」

 「その証拠が、この太刀だ」


 弘中隆包が、目の前に横たわらせた陶晴賢の太刀を指した。

 江良房栄は主君の太刀に視線を下ろすと、目尻を怒りで震わせた。
 確かに、隆包が持参したのは陶晴賢愛用の太刀そのものである。

 いきなり目の前に突き付けられた現実に多少混乱した江良房栄は、
 一つの理由に思い当たる。

 
 「そうか……。慶安だな? 天野慶安の讒言であろう」

 「……ああ」

 「晴賢様が天野慶安を間者として毛利陣内に忍び込ませた
  ということは、俺も晴賢様から知らされている」

 「恐らく元就殿の諜略に乗せられたのだろうな
  きっと偽の情報をつかまされ、それを陶殿に報告したのだ」

 「それで、俺が疑われていると言うのか」

 「そうだ」
  
 「慶安には武もなく、ただ弁が立つだけの口先男ではないか…。
  晴賢様は、俺よりもそんなクズの言を信用なさるのか…。
  慶安の野郎、この手でぶっ殺す……」


 江良房栄の左手が、無意識に自らの大太刀の柄へと伸びた。
 天野慶安の顔が脳裏に浮かび、視線は宙を浮いている。

 怒りに沸騰する江良房栄に、弘中隆包の厳しい言葉が飛んだ。


 「原因は天野慶安ではない。江良殿、おぬしにあるぞ」

 「……何ィ?」

 「おぬしはただの一将ではない。東方守備の大将となったのだ。
  前線の大将の責任は、只ならぬ重きものだ。
  たった一つの緊張の緩みが、大きな歪みを生んでしまう。
  たとえおぬしに二心無しとしても、主君への報告なく
  独自に内応の書面を敵方とやり取りしたのは軽率と言えよう。
  これを教訓にし、今後は気を引き締めていこうではないか」

 「三河守……」


 江良房栄はなおも強く歯を軋った。
 怒りは止まらず、とうとう大きな怒号が向けられた。


 「随分と高尚な講釈をのたまうが、そもそもこの房栄が
  毛利ごときの防衛を任じられることになったのは、誰のせいだ。
  てめえのせいじゃねえか、三河守!」

 「何?」

 「てめえが毛利元就に策を吹き込んで出雲の尼子を封じたせいで、
  元就が調子に乗って大内に全力で刃向ってきてるんだろうが!
  てめえの要らぬ策さえなければ、今ごろ背後に怯える毛利を叩き、
  出雲まで攻め込んで尼子を全滅させている頃だわ!」

 「いいだろう。おぬしの今の境遇を生み出したのが、
  誠にこの隆包の非であると思うならば、
  この私を今すぐ斬って構わない。斬ってみろ」

 「……言ったな、隆包」


 江良房栄は大太刀を鞘から抜きながら、ゆっくりと立ち上がる。
 微動だにしない隆包を見下ろし、房栄は咆えた。


 「てめえとは、一度やりあわなければと思っておったわ。
  大内義隆公の恩を笠に着て、大内軍下一の将のような顔をする。
  てめえのような奴がいるから、毛利などがつけあがるのだ。
  大内軍の中でどちらが最も優れた将か、決着をつけてやる」

 「この隆包、おぬしの主君・陶晴賢殿から信頼を預かっているぞ。
  斬れる覚悟があるならば、その陶殿の太刀を越えて来い」

 「この武を疑い、慶安ごとき小者の言を信用するなど、
  陶晴賢もいよいよ終わりよ。我が主でも何でもないわ!」


 江良房栄は、眼下に置かれた陶晴賢の太刀を、
 容赦なく横へと蹴り払った。

 晴賢の太刀は虚しい音を立てながら、琥珀院の床を転がっていく。


 「てめえの首級を持って毛利軍へ降り、そのまま山口に攻め上って
  陶も慶安も全て叩き潰し、そしてそのうち毛利も崩してやる」

 「それが本性か、江良殿」

 「てめえが産んだ本性よ。こうなったら、我が道をゆくまでだ」

 「残念だ……」

 「死ねえ、弘中ッ――――!!」


 常人が両手でも持ち上げられないほどの大きさの大太刀を、
 江良房栄は右手一本で頭上へと振り上げた。

 微動だにせず座したままの弘中隆包に、
 その大太刀が振り下ろされようとしたその時――――。



 肉を切り裂く音と共に、
 江良房栄の左胸から一本の槍先が飛び出した。

 槍の刃先からは房栄の血肉が滴り落ちる。

 「……!」

 大きな衝撃を全身に受けた江良房栄は、
 目を大きく見開いたまま、ギロリと後ろに目をやった。


 その長槍を握るのは、後方に控えていた弘中方明であった。

 兄の危機を眼前にして、江良房栄の背後から
 的確に心臓を長槍で刺し貫いたのである


 琥珀院の時が、一瞬止まった。

 だが、その静寂は突然に打ち割かれる。


 心臓を貫かれ、口からも血の泡を吹き出す巨体の江良房栄が、
 振り上げて止まったままの大太刀を
 突然背後へと振り下ろしながら転身したのである。

 弘中方明が両手でつかんでいた長槍の柄が瞬時に破壊される。
 方明は反射的に手を引き、大太刀の餌食になるのを免れた。

 しかし江良房栄の攻撃はそこで止まなかった。
 さらに大太刀の先が弘中方明の首筋を狙う。

 方明はとっさに折れた槍の柄でその一撃を払った。

 横へと跳躍し、危機一髪でその刃先から逃れ、
 肩から床へ身を転がしながら素早く立ち上がる。

 その手には既に懐剣が抜かれてある。
 懐剣を構えながら、方明は冷たい汗を身体に感じていた。 


 (江良……、化け物か……)

 目の前には、心臓を長槍に貫かれて鮮血を吹き出しながらも、 
 血走った眼をにらませて立っている江良房栄がいる。

 もはやその姿は、人間ではなかった。
 全身を血に染め毛髪を逆立てた、冥府の鬼を思わせる姿である。

 まるで傷が気にならないかのように、心臓に刺さる槍先を抜き取り、
 床に投げ捨てながら、江良房栄は弘中方明に近づいていく。


 「そうか……。その身のこなし…。
  山口の策彦周良の館に踏み込んだ時に、
  俺の太刀を受けて逃げて行った不審な黒頭巾の奴がいたが、
  あれはてめえだったんな……、河内守」


 江良房栄は、うめくように声を絞り出した。

 大寧寺の変の際、陶軍は山口の街を一気に制圧をしたが、
 その時に江良房栄は名僧・策彦周良の屋敷を襲撃したことがあった。
 そこで一人の黒頭巾の男と刀を交えたのである。

 その時の記憶が、江良房栄の中に蘇った。
 軽やかな身のこなしは、海で活躍する男を予想させた。

 その正体が、岩国水軍を預かってきたこの弘中方明であることを、
 江良房栄はようやく見抜いたのである。


 口からあふれ出る血泡をものともせず、
 江良房栄は不敵に笑いながら弘中河内守方明へと歩み寄る。


 「てめえだったとはな……。ここで殺してやるわ!」


 江良房栄は、血を吐き散らしながら大太刀を振り上げた。

 心の臓を貫かれながらもますます増大するその気魄と狂気に、
 小さな懐剣を握る弘中方明は、死を覚悟した。



 大太刀が方明の頭上へと振り下ろされようとしたその時、
 肉塊を切り裂く鈍く低い音と共に、
 江良房栄の身体が右肩から左脇下へと切断されていき、
 鮮血が宙にほとばしった。

 弘中方明は動けないまま、江良房栄の姿を見つめていたが、
 江良房栄の肉体は大きな音を立てて、血溜まりへと倒れ込んだ。
 房栄の大太刀も、続いて床に落ちていく。

 西国に比類無しと謳われた猛将・江良丹後守房栄は、
 そのまま鮮血の池の中で動かなくなって、絶命した。


 そこには、弘中三河守隆包が太刀を振り下ろした姿があった。

 江良房栄を背後から一刀の下に斬り捨てたのである。

 その手には、陶晴賢から預かった太刀ではなく、
 弘中隆包自らの太刀が握られていた。



 「兄上……」

 きっと当初、兄の隆包は江良を誅殺することは本意ではなかった。

 それがいかにしてこのような事態になったのか、
 あまりの急展開の出来事のために、
 方明はすぐにはこれまでのことを振り返ることができなかった。
 
 だが、陶晴賢の太刀ではなく自らの太刀で江良を斬ったことで、
 弘中隆包は何かを自らの中に抱える覚悟をしたのだろう、
 と、方明にはすぐに推測できた。



 天文二十四年(1555)、三月十六日。

 大内軍随一の義将・弘中三河守隆包が、
 大内軍随一の猛将・江良丹後守房栄を琥珀院にて誅殺――――。

 この事件が、後の西国の勢力均衡に大きく衝撃を与える。


 一つの歯車を抜き取ると、機械仕掛けはとたんに動きを失う。

 陶晴賢に率いられた大内本軍は、
 崩れ落ちそうなほど不安定さを増していった。

 
 (つづく)



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  『厳島戦記』武将列伝 [二十九]
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 ■白井賢胤 (しらいかたたね)

 陶家家臣。安芸国仁保島(=広島県広島市)の仁保城城主。大寧寺の
 政変で主君大内義隆と共に水軍の指揮官・冷泉隆豊が戦死した後に、
 陶晴賢によって大内水軍の指揮を任される。毛利軍と何度も交戦し、
 厳島の戦い以後は毛利氏へ帰順。毛利水軍の一員となる。
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